秋深し、隣は何をする人ぞ


聞いてくれ!俺のアパートの隣にスゲェ美人が引っ越して来たんだ!

あのボロアパートにか?

スゲェ美人?マジ、スゲェ美人?お前の目の錯覚じゃなく?

正真正銘!スゲェ美人だっ!!

どんな奇跡だよ。

とにかく!昨夜、バイトから帰って来て、部屋に入ろうとしたら呼び止められてさぁ!

もしかして引っ越しの挨拶?蕎麦でも持って来た?

最近は石鹸かタオルじゃないのか?

そんな事する奴今でもいるのかよ。

とにかくだ!!呼び止められて振り向いたらいたんだよ、美人が!!!
今日から隣に引っ越してきた者です、って言って、手作りクッキーをくれたんだ!

何故にクッキー?

しかも手作り?

お菓子作りが趣味なんだと。それで、引っ越しの挨拶にクッキー配ってるって言ってた。

って事は、この先また、その美人の手作りクッキーを食える日が来るかもしれないと‥‥

彼女いない歴2○年の俺にもいよいよ春が!

ありえねぇ~っつ~の。

だな。鏡見てから言えよ。

お前らにだけは言われたくねぇ!

あぁ、はいはい、で?名前は聞いたのか?

くっ‥‥未だ聞いてない。表札も未だ出てなかった。

年は?

二十歳ぐらい。

学生か?それともOL?

それもまだ判らん。こ、これから徐々に親しくなって‥‥

スタイルは良かったか?巨乳?

コートにマフラーしてて良く判んなかった。
でも、背は高くてスリムでショートヘアーですっぴん美人だ!

すっぴん?マジで?それじゃぁきっと学生でもOLでもないな。フリーターだ。
お前と同じ貧乏で化粧品に金が掛けられないんだぜ、きっと。

貧乏学生と貧乏フリーター‥‥こいつはひょっとしてひょっとするかも?

俺にも春が~~~~~!

邪魔しに行こうぜ。

そうだな、邪魔しに行こう。

鍋でもやるか。ついでに騒いでこいつの印象悪くしてやろうぜ。

来るな~~!お前ら、来るんじゃねぇ~~~~!!

さて、そうと決まれば、今夜の飲み会会場のキャンセルを‥‥

○×▼◇●◎■△×◆!!!!

 


そんなこんなで某貧乏学生のアパートに押しかけたモテナイ学生達数名、
件の美人さんが住むと言う隣りの部屋の灯りが点いている事に密かに心躍らせながら、
それぞれ持ち寄った鍋材料を手に友人の部屋のドアを開けようとした時、
その隣の部屋のドアがボロアパートに相応しくない軽やかな音と共に開いた。

「あ‥‥どうも、今晩は」
「「「「こ、今晩は‥‥」」」」

その開いたドアの向こうから現れたのは友人が言った通りの美人。超!が付く美人!!
背が高くてスリムでショートカットですっぴんで、上品そうな話し方に物腰の、
アイドル顔負けのランクA、いやいや、ランクSの美人さんだ。

「鍋ですか?」
「「「「は、はいっ!!!!」」」」
「寒い日は鍋に限りますものね」
「「「「は、はいっ!!!!」」」」
「こちらの事は気になさらず楽しんでください」
「「「「は、はいっ!!!!」」」」

そう言ってペコリと頭を下げゴミを出しに行った美人さん。
戻って来るまでドアも開けずボケっと立ち尽くしていた学生達。
そんな彼らに美人さんは再び笑顔のお辞儀をして部屋の中へと消えて行った。
一時の幸せな邂逅にボ~ッとしながら只見送った彼ら。

「本当に美人だ‥‥」
「笑顔がキュートだ‥‥」
「すっぴんだったな‥‥」
「背ぇ高くてスリムだ‥‥むしろ、貧乳‥‥」
「「「「‥‥‥‥‥ん????‥‥‥‥‥」」」」

そこで彼らは気が付いた。
部屋からサンダル履きで出て来た美人さんは当然の事ながらコートを着ていなかった。
ゴミを出すだけだったのだから当然だ。
だから軽くVネックセーターにジーンズという部屋着姿だった。

「胸‥‥あったか?」
「「「なかった、気がする‥‥‥」」」
「くびれは?」
「「「それもなかった気が、する‥‥‥」」」
「声、低い方だったな‥‥」
「「「‥‥だな‥‥」」」
「背も、俺らと変わらなかった‥‥‥気が‥‥‥」
「「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥って、事は???」」」

金もなく彼女もいない寂しい学生生活を送る彼らに現実は無情だ。

「「「「男かよっ!!!!」」」」

次の日、件の美人さんの部屋には「竜崎」と言う表札が掛かっていた。

 

※どんなふうに続くかは天のみぞ知る(要するに行き当たりばったり)

 


★ ☆ ★ ☆ ★

 


 

 

この前言ってた、美人なんだけどなぁ‥‥

あぁ、あの美人か。

ガッカリ男だった美人な。

クッ、言うな‥‥

事実だろ。で?その美人がどうしたって?

あれからますます仲良くなってさぁ‥‥今じゃ、毎晩夕飯のお裾分けを貰う仲になったよ。

進展したな、と言って喜んでやるべきなのか。

慰めてやるべきなのか。

複雑だな。

クゥゥッ!いいんだいっ!目の保養にはなってるからっ!!
それに、ご飯も美味いからよ!!

へぇ、料理上手なんだ。お菓子だけじゃなく。

あぁ、親元を離れたから今は料理の練習中だとかでさ。
多めに作る方が作りやすいし味見しやすいから、何時も食べきれないとかで分けてくれるんだ。
初めのうちは焦げがあったり形が崩れたりしてたけど、
1週間もしないうちに学食のランチ並みに上手くなってさぁ。
今じゃ、フランス料理やイタリア料理にも挑戦したい、とか頬を染めて言うくらい上達してんだ。
味も見た目同様、うちのお袋よりダントツ!美味くなったんだ。

それを、お前が頬を染めて言うなよ。

いや、だって。
『お口に合うといいんですけど‥‥』
とか言いながらおかず渡してくれる時の仕草がスゲェ可愛くって!

でも、男だろ?

クッ‥‥そうなんだよ、男なんだよ。何度見ても胸ないんだよ、喉仏あるんだよ。
俺の彼女いない歴2○年、更新中なんだよ!

お前、いくら女に飢えてるからって、美人ってだけで襲ったりするなよ。

誰がするかぁ~~っ!

怪しい‥‥‥

あぁ、怪しい‥‥‥

笑いながら言うんじゃねぇ~~~~~っ!!!

と言う事で、今夜俺がお前を見張りに行ってやろう。
お前がかの美人を本能の赴くまま、うっかり襲ったりしないようにな。

あ、俺も!

俺も俺も!

お前ら、お裾分け狙ってるだろ!来るんじゃねぇ!俺の分が無くなっちまう!!

いや、俺らも目の保養に。

そうそう、食い気より色気?

なお悪いわっ!

 


そんなこんなで某貧乏学生のアパートに押しかけたモテナイ学生達数名、
件の美人さんが住むと言う隣りの部屋の灯りが点いている事に密かに心躍らせながら、
今夜は何を作ってるのかなぁと想像しつつ友人の部屋のドアを開けようとした時、
その隣の部屋のドアがボロアパートに相応しい鈍い音と共に開いた。

「あ‥‥ど、どうも。今晩は」
「「「「‥‥こ、今晩は‥‥」」」」

しかし、開いたドアの向こうから現れたのは、かの美人さんではなかった。
見た事も聞いたことも会った事もない、
うっすら不精髭の生えた自分達と同じ貧乏モテナイ学生属性の、冴えない男だった。
しかも、開いたドアの隙間からは何やら白い煙まで漂って来る。
それは、料理の美味しそうな匂いではなく、どう嗅いでも何かを焦がした嫌な臭いである。
その時だった。

「何やってるんですか!」
「あ、月君」
「「「「はいっ????」」」」

思い掛けない出来事に呆然としていた学生達の背後から、
少々慌てたような声が聞こえたかと思うと、
その声の主が彼らを押し退けるようにして不精髭の男に飛びついたのは。

「無闇に外へ出たらダメだって言ったじゃないですか!」
「あ、ごめん。煙草の灰落として座布団焦がしちゃって、煙が‥‥」
「またですか?あぁ、僕が後片付けしますから。ほら、入って入って」
「ご、ごめんよ、月君。いつも迷惑かけちゃって‥‥」

それは彼ら(?)の秘かな目の保養、心の潤い、残念ガッカリ実は男な美人さんだった。

「済みません、お騒がせしました!」
「「「「い、いえ。そんな事は‥‥」」」」

美人さんは、先に不精髭の男を部屋に押し込むと、
今気付いたと言わんばかりに彼らを振り返り、ニッコリ微笑んで深々とお辞儀をし、
さっさと自分も部屋に引っ込んでしまった。
バタンと無情に閉じられたドアを前に、やっぱり呆然とした彼らの耳に聞こえて来たのは、
先程の男の必死に謝っているらしい声とバタバタと何かを片付けているらしい音だけ。
どうやら美人さんは怒っているらしい。

「今の‥‥誰だ?」
「「「さぁ‥‥」」」」
「不精髭生えてたな‥‥」
「「「あぁ‥‥俺らと変わんねぇな」」」
「パンツ一丁だった気が‥‥」
「「「あぁ‥‥俺らと変わんねぇな」」」
「何時も迷惑かけちゃって、だってさ‥‥」
「「「迷惑かけてるんだ、あの美人に‥‥」」」
「「「「‥‥羨ましい‥‥」」」」

「「「「って、まさか『ヒモ』っ!!!!????」」」」

その後、友人宅にお邪魔する気の失せた彼らは、
駅前の某居酒屋チェーン店にて一晩じゅう飲み明かし、翌日の講義に揃って欠席するのであった。

 

※新たな登場人物が‥‥さて、誰でしょう。すぐ判っちゃいますね(^O^)

 


★ ☆ ★ ☆ ★

 



おい、あれからどうなった?あの美人。

俺も気になってたんだ。

まさか、本当にあのパンツ男‥‥ヒモだったなんて話‥‥

お前らか‥‥あぁ、あのパンツ男な。
実は次の日、美人さん(何時からさん付け?)が豪華ディナーを持って謝りに来てくれてな。
もう少しで火事になる所でしたって。
向かいの大家さん宅にも謝りに行ったみたいだ。
あぁ、ほら、これ。美人さんの手作りクッキー。
皆さんで食べてください、だと。お前らにまで気を配るなんて、流石は美人さんだよな。

うぉぉぉっ!!!美人さん(だから何時から)の手作りクッキーだとぉぉっ!!!!!!
早くよこさんか~~~~~い!!!出し惜しみしやがってぇぇぇぇッ!!!!!!


※暫しみんなでクッキーを堪能。幸せなひと時に癒される。


で???あのパンツ男の正体は??????

美人さんが言うには、あのパンツ男、従兄弟なんだってよ。

従兄弟?

でもって今、絶賛!就職浪人中。しかも、軽く引き籠りなんだとさ。

うわぁ~‥‥(俺もそうならないよう気を付けよう)

で、従兄弟の親には色々世話になったとかで、同居ついでに『お三どん』してんだと。
アパート代と生活費は従兄弟持ち。と言っても、従兄弟の親から出てるらしいけど。
美人さん、交通遺児なんだってよ。小学校の時から従兄弟の家に世話になってるんだと。
だから、引き籠り男の世話を断れなかったらしい‥‥

な、なんて泣かせる話だっ!

うぉっ!薄幸美人!?今時ギャルゲーでしか早々お目にかかれない属性!?

よし、判った。早速俺が行って美人さんを慰めてあげ‥‥

それは俺の役目だ!

抜け駆け反対!

お前ら!隣に住んでんのは俺だぞ!!

 


そんなこんなで、押しあい圧し合いしながらぼう貧乏学生のアパートにやって来た彼らだったが、
アパートまであと数メートルと言う所で思わぬ光景を目撃してしまい、
先日同様呆然と固まってしまった。

「あの‥‥でも‥‥」
「悪い話じゃないんだからさぁ。うん、と言ってくれよ」
「でも、僕‥‥そういう仕事、した事無くて‥‥」
「大丈夫、君だったら一か月もしないうちにNo.1になれるからさ」
「でも‥‥」

それは、アパートのまん前でガラの悪そうな男に口説かれて困っている美人さんだった。
そう、どう見ても『口説かれている』ようにしか見えない。
何故なら、相手の男は、ペラッペラのスーツに派手な色のシャツを着崩し、
ゴールドのブレスレットをチャラチャラ言わせながら美人さんの肩に手を回し、
時おりお尻やら腰やらを撫でてはニヤニヤだらしなく笑っているからだ。

「あ!あいつ、大家んとこの次男だ」
「次男?何かどっかのチンピラにしか見えないぞ」
「噂じゃぁ、高校中退して何処かの組に入ったとか‥‥」
「No.1とかなんとかって言ってたけど‥‥もしやキャバクラ?」
「いやいや、この場合ホストクラブだろ」
「何ぃッ!あの野郎、美人さんのヒモになる気か?」
「「「「う、羨ましい‥‥って、そんな事言ってる場合かよ!!!!」」」」

衝撃から立ち直りコソコソヒソヒソ話し合っていた彼らは、
更に怪しげな人物を電柱の陰に見つけ、
『すわっ!美人さんの一大事!!』とばかりに、押し合い圧し合いしながら、
今にも人攫いに変身しそうなニヤケヅラした大家の次男と、
彼に手首を掴まれ逃げるに逃げられず困っている美人さんの元へと急いだ。

「こんばんは~、お元気ですかぁ~」
「もっとましな挨拶はないのかよ」
「この前のお礼にコンビニケーキ買って来たんですけど、一緒に食べませんか」
「たった1個ですけど」
「あ、皆さん。あ、ありがとうございます」

突然声を掛けられビックリした次男の力が緩んだ隙に、
美人さんが拘束を振りほどき貧乏学生達の元に走り寄る。
その風情は正義の味方の登場に喜び勇んで駆け寄るヒロインそのもの。
しかも、ササッと彼らの後ろに隠れ怯えるように身を竦める仕草が、
クラクラするほど儚げで可愛い。
今時非常に珍しい乙女な反応だ。いや、男だけど。
とにかくそれで、同じく今時のチャラ男属性の彼らの、
なけなしのヒーロー根性に火が付いたのは言うまでもない。

「そろそろ暗くなるし、早くアパートに入りましょう」
「そうですそうです。入りましょう」
「じゃぁ、そう言う事で」
「どもっ」

彼らは自分達の方が数で勝っている事実に勇気づけられ、
近所でも評判の『札付きの悪』である二男の元から、美人さんを救いだす事に成功したのだった。
後に残るは獲物を逃したと悔しがるチンピラ一人。

「ありがとうございました。妙なバイトに誘われて困ってたんです」
「バイトって、もしや水商売?」
「え、えぇ‥‥その‥‥ホストクラブに‥‥」
「「「「やっぱり」」」」
「相手が大家の息子さんだから断り辛くて‥‥」
「大丈夫です。俺から大家さんに、貴方が困ってたって言っておきますから」
「でも‥‥」
「あの次男には、大家さんも手を焼いてるそうなんです。だから判ってくれますよ」
「済みません。お願いします」
「「「抜け駆けするなよ」」」」
「うぉっ!(誰だ!?今、膝カックンしやがったのは!)」
「だ、大丈夫ですか?」
「「「大丈夫です!!!」」」
「どうしたの?月君」

よしっ!このまま更に仲良くなるぞ!!
と彼らが心中ガッツポーズした時、無情にも邪魔が入ってしまった。

「桃太さん‥‥」
「何?どうしたの?」
「なんでもありません。それより直ぐに晩ご飯の支度しますね」

それは先日のパンツ一丁男、美人さんの従兄弟の就職浪人引き籠り男だった。
流石に今日はズボンもシャツも着ているが、皺だらけな上にコーヒーの染み付き、
顔には『たった今まで寝てました』というように畳の跡がバッチリ付いている。
非情に情けなく、かつ!無様なその姿に、
ますます彼らの『美人さんを守るのは俺しかいない!』という妄想が膨らんだ事は言うまでもない。

「では、また後で。今日は本当にありがとうございました」
「「「「い、いえ‥‥」」」」

パタンと閉ざされたドアに、何時かあの穀潰し従兄弟からも救ってみせる!と、個々に誓う彼ら。
金なし彼女なし力なしの貧乏学生達。思うだけならはっきり言わなくてもタダだ!
あぁ、これぞ青春!青き春!!若いって素晴らしい~~~~~っ!!!

しかし、それらの一部始終を電柱の陰で見ていた男がいた事を、
当然の事ながら彼らは忘れ去っていた。

男は、巨体に似合わぬ小型カメラをスーツのポケットに突っ込むと、
道路を挟んで向かい合うアパートと大家宅を交互に見つめ、暮れなずむ街中へと姿を消した。

更に言えば、そんな怪しげな男をカーテンの陰からこっそりと観察しているのは‥‥?

 


「タイムリミットが近いかな‥‥」
「月く~ん、晩ご飯まだぁ?僕、お腹すいちゃったよ~~~(^O^)」
「松田さん。トイレで叫ばないでください。それと、ちゃんと手は洗って下さいね」
「やだなぁ~月君。さっきみたいに『桃太』って呼んでくれてもいいのに~~~」
「うふふふふ‥‥バカ言ってないで早く席についてください」
「月君と卓袱台を囲む日が来るなんて。
 しかも、月君の手料理を毎日食べられる日が来るなんて!」
「夢のようだなんて、言わないでくださいね。ホントに夢にしちゃいますよ」
「え?それって、どういう意味?」
「うふふふふふ‥‥『世界の殺人方法99』を試してみますか?」
「あ、え‥‥い、いただきます(-_-;)」
「はい、召し上がれ」
「松田‥‥お前、俺もいる事、忘れてるだろ」

 


その晩、駅前某居酒屋チェーン店にて、
『薄幸美人さんを救う会』なるものが結成されたのは全くの蛇足である。

 

 

※おやぁ?チョッピリ月が黒いぞ(笑)
 はい、一緒にいたのはマッツーでした。そして、更にもう一人!
※『お三どん』=台所仕事
 『札付き』=悪い評判がある事、人
 『穀潰し』=働きもしないで無駄に生活する者、むだ飯を食う
 (今時の若い人に判るでしょうか?この言葉)

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★

 



おぉい!あの後どうなったよ、あの美人さん!

俺も聞きたいぞ!

俺なんか、ここ2~3日気になって気になってちっとも眠れんかった!

講義中に寝てたのは何処の誰だよ!!!

うぉっ!会うなりいきなりそれかよ。
まぁ、お前らの気持ち、判らないでもないか。

それで!!!???

実は、あの後わざわざ美人さんがお礼に来てくれてな。
またまた、手料理なんぞご馳走になったりしたんだけど‥‥

まさか!!!部屋に招き入れられたとか!!!???

いや、そこはほら、例の絶賛就職浪人中の引き籠り従兄弟がいるからな。
お盆にご飯乗せて俺の部屋に‥‥

お前の部屋でデートかよ!!!

お茶まで煎れて貰って、夢のようなひと時だった‥‥‥‥‥(^v^)

コノヤロ~~~!!!一人だけ良い思いしやがってぇぇぇ~~~っ!!!

妬くな、妬くな。これも同じアパートに住む者の特権だ(^O^)。

ちくしょ~~~~う!俺もお前のアパートに引っ越したいぜ!

あ、それ無理。今、うちのアパート満室だから。

!そ、そういやぁ、向かいにもアパートがあったよな!そっちはどうだ!?

あぁ、同じ大家さんが経営してるボロアパート。無理、確かそっちも満室。

うぉぉっ!何たる不幸!!

くそぉぉぉっ!!!こうなったら、お前の部屋に引っ越してやる!!!

やめろ!来んなっ!

と、取り敢えず、美人さんの近況を‥‥!!!

まぁ、あれから大家んとこの次男の姿は見てないし、
美人さんからも、また誘われたって話も聞かないんだけど‥‥

大家には話したのかよ。

それがな、どうやら大家さん、入院したらしいんだ。
で、日頃家に寄りつかなかった次男が、鬼の居ぬ間にって帰って来てるらしい。

罰当たりな次男だな。親不孝の典型じゃないか。

こっそり家財道具売っ払って小遣い稼いでそうだな。

有りえる‥‥!

そう言う訳で、今のところ様子見しかできなくてさ。
でも、俺も大学があるから24時間美人さんを守れるってわけじゃないし。
この先の事は‥‥‥

不安だな。

あぁ、不安だな。

あのチンピラが諦めるとは思えないし。

そうなんだよ。なにせ、美人さんは‥‥

美人だもんな!!!!

今日、そっち行っていいか?

あぁ、まぁ、うん。来いよ。
お前らが来たからって、どうとかなるって訳じゃないだろうけど、
この前みたいな事がまた起きないとも限らないからな。

俺らに任せとけ!!!

 


そんな訳で、講義も放っぽり出してやって来ました某駅前。
そこから歩いて美人さんの住む(友人も住んでます)アパートへ向かった彼らだったが、
世の中、偶然とは怖いもので、ばったり出くわしてしまったのである、例の次男坊と。

「お前ら‥‥この前はよくも俺の邪魔をしてくれたな」
「困っている美人さんを助けるのは男として当然だ!」
「美人さんだぁ?ハハ~ン、お前、月に名前呼ばせて貰ってないな?」
「!こ、この野郎!気安く美人さんの名前を呼ぶんじゃねぇ!」
「ハン!俺は名前、読んじゃってるもんね~~月、月、月、ライト(^O^)」
「どうせ、大家の身内って権力を振りかざしてるだけだろ!」
「!!う、うるせぇ!!!!!!」
「や~い、図星だ図星!」

出会い頭にそんな低次元な争いを繰り広げた彼らだったが、

「あ、あれ‥‥」
「「「「何だ????」」」」

一人がある事に気付き、彼らは一斉にその一人が指差す方を振り返った。

「「「「「あれは‥‥穀潰しの従兄弟?????」」」」」

そこにいたのは、かの美人さんが世話を押し付けられた、
絶賛就職浪人中の引き籠り従兄弟だった。

「あいつ、また‥‥」
「「「「また????」」」」

従兄弟は見慣れないアフロヘアーのいかつい顔した中年男と一緒だ。
まるで米つきバッタのごとく腰を低くして頻りとぺこぺこ頭を下げている。
締りのない笑い顔は親しさ故というより、ゴマをする為のものに見えなくもない。
そんな従兄弟を見るなり大家の次男が発した一言に、
『薄幸美人さんを救う会』の会員達はやおら色めき立った。

「「「「またって何だよ、またって????」」」」
「な、何でもねぇ」
「何でもない訳あるか!」
「あ、あれ‥‥何か受け取った?」
「!金‥‥みたいだな」
「代わりに穀潰しも何か渡したぞ」
「借用書だ」
「「「「借用書!!!!????」」」」
「デケェ声出すなよ」

数メートル前にいる従兄弟ともう一人の男のやり取りを目撃した後、
今思い出したかのようにあわててパチンコ屋の看板の陰に隠れる暇な若者達。

「「「「借用書って何だよ、借用書って」」」」
「‥‥あの野郎が一緒にいるアフロのごっつい男。どうやらどっかの組のもんらしい」
「「「「(何ィィィィィ!!!!????)」」」」

今度は大声を出さなかっただけましだろうか。
しかし、いい年した若者が小さな看板の陰で押し合い圧し合いしている様はかなり怪しい。
道行く人々がわざわざ蛇行して通り過ぎて行くのは仕方のない事だろう。

「あの野郎、あの男から金借りてるらしいんだ」
「「「「!!!!(何だとぉ!!!!????)」」」」

ハッと気付けば、二人が立っている雑居ビル前には
『スイーツローン』なるローン会社の看板も出ている。
どうやらアフロ男はそこの社員(組員)であるらしい。

「前にも見たんだよ、あいつがあのアフロから金借りてるとこ。
 その後だ、月がアパートから飛び出して来たの‥‥」
「「「「(そ、そんな事があったのか!!!!????)」」」
「たまたまその場に居合わせて、前から気になってた美人だから、声掛けたんだけど‥‥
 何でもないって、言って‥‥また部屋に戻って行ったんだ。
 でも、月‥‥涙目だった」
「「「「(うぉぉ~~~っ!許すまじ、穀潰し従兄弟め~~~~~~っ!!!!)」」」」

ってか、大家の次男も美人さんを女と間違えた模様。同じ穴のムジナ?類友?
取り敢えず、そやって彼らがすったもんだしている間に従兄弟は足取りも軽く立ち去り、
アフロ男は道路を渡って地下鉄に入って行った。

「追い掛けるぞ」
「「「「おう!!!!」」」」

金を手にした従兄弟が何をするか確かめよと急いでその後を追う。
だから彼らは気付かなかった。
ローン会社が入居しているビルの1階にコンビニがあった事に。
そして、ローン会社で金を借りなくとも、
コンビニでもお金を降ろせるのだという当然の事実にも。

 


そんなお間抜け学生&大家の次男の尾行に気付きもしない従兄弟は、
スーパーでもお菓子や飲み物、雑誌を買うと、意気揚々とアパートへ帰って行った。
どうやら美人さんは留守だったらしく、自分で鍵を開けて中へ入る。
それを電柱の陰から確認した彼らは新たな怒りに拳を握りしめた。

「あの野郎、引き籠りのくせに金遣が荒いのかよ」
「オタクなんじゃないか?何かに入れ込んでて、それに金をつぎ込んでるに違いないぜ」
「それで家からの仕送りだけじゃ足りなくて、ヤクザに借金までしたんだな」
「これだから、引き籠りは‥‥」
「月に聞いたら言葉は濁してたけど、従兄弟には苦労させられてるみたいな話を‥‥」
「「「「そうだったのか」」」」
「まさか、借金の返済は美人さんが?」
「しょっちゅうアパートを空けてるのは借金返済のため?」
「バイト尽くしか?」
「か、可哀そうに!」
「俺が月に仕事の世話をする気になったのも、それを知ったからだ。
 でも、高校中退の俺にはまともな職の伝手なんかなくて‥‥
 だから仕方なく、俺の組のホストクラブを紹介したんだ。
 そこなら俺もよく出入りしてるから、何かあっても月を守ってやれると思って‥‥」
「「「「お前、結構良い奴だったんだな」」」」

昨日の敵は今日の友。
共通の敵が現れると何故か仲良くなってしまう人間関係の不思議。
さて、これからどうしたものかと、何にも思い浮かばないまま電柱の陰に身を隠す若者達。
運良く誰も通らないからいいが、怪しさ爆発だ。

「あ、あれ‥‥」
「「「「ん????」」」」

その時だった。友人と美人さん、月が住んでいるアパートの向かい、
大家宅隣のもう一つのアパートから、当の美人さんと一人の男が出て来たのは。

「「「「(だ、誰だよ????あれ!!!!)」」」」
「確か、あのアパートに住んでる奴だ。どっかの大学院生だとか聞いたな」

美人さんは見惚れんばかりの笑顔をその男に向け、
向けられた男は顔を真っ赤にしてモジモジ怪しげな動きをしている。
何やら話が弾んでいるようだが良く聞こえない。
それから直ぐに二人は別れ、美人さんは道路を挟んだ向かいの自分のアパートに戻って行った。
その後姿をボ~ッと見送った男は、電柱の後ろで頭隠して尻隠さず状態の集団を見つけ、
慌てて自分のアパートへと引っ込んでしまった。
その時、何となくニヤリと笑ったように見えたのは、単なるやっかみとは限らない。

「何か如何にも引き籠りって感じだな」
「長髪眼鏡チビ、ダサイ恰好‥‥典型的オタク?」
「くそ~~っ!何時の間に月とぉぉぉ~~~~!」
「ってか、お前も何時の間に月を呼び捨てにしてんだよ。していいのは俺だけだ!」
「「「「大家の権限を笠に着やがって!!!!」」」」
「悪いかよ!そうでもしなけりゃ、あんな美人と親しくなれるチャンスはないっての!」
「「「「開き直りやがったな!!!!」」」」

昨日の敵は今日の友じゃなかったのかよ、おい。
それよりお前ら、肝心の美人さんが男だって事忘れてないか?
あぁ、美人には人種も国籍も年齢も性別も関係ないって事だな。
青春って、やっぱり素晴らし!!!!!

 


「何してるんですか?松田さん」
「ふぁ?はひふぉふぅん?」

そんな表の低次元な小競り合いを尻目に部屋へ戻った月が真っ先に見たものは、
某コンビニのちょっとリッチなスィーツに齧り付いている、脳天気刑事松田の姿だった。

「‥‥んぐんぐ、月君も食べるかい?ちゃんと3人分買って来たんだ」
「松田さん‥‥誰かさんに感化されたみたいですね」
「アハハ、竜崎にですか?別にそんな訳じゃないですよぉ。
 ただ、久々に外へ出たらコンビニに寄りたくなって‥‥」
「寄ったらつい買ってしまったと‥‥それを感化と言うんですよ、松田さん。
 無意識って怖いですね」
「‥‥え~っと‥‥何か、怒ってる?月君」
「お前、あれだけ月君の手料理を『美味い美味い』とか言ってバカ食いして、
 『もう月君の作った物しか食べられないよぉ~』とか言ってたくせに、
 お菓子は別腹か?何処の女子高生かカエルって感じだな」
「い、伊出さん?」
「うふふふふ、松田さんは今日の夕飯いりませんよね?」
「ラ、月君?」
「お前が悪いんだ、松田。今の月君に竜崎を思い出させるような事をするから‥‥」
「うふふふふふふふふ‥‥伊出さん、仕事してください。松田さんも」
「「はい‥‥‥‥」」

美人は怒っても美人だと誰かが言ったが、それは真実だったようだ。
二人の刑事は笑顔でご立腹中の美人の絶対零度のオーラに冷や汗をかきながら、
窓辺に設置された望遠鏡と録画機材の前に移動した。

「僕が苦労して探し出したターゲットです。どんな些細な事も見逃さないでくださいね」
「「わ、判りました」」

 

今夜も某駅前居酒屋チェーン店で開かれた『薄幸美人さんを救う会』会合。
そこに新たに加わった者が一人。
昨日の敵は今日の友(復活)!
人類みな兄弟!を実践する彼らの懐はチョッピリ苦しくなっていた。


※はい、もう一人は伊出刑事でした。さて、竜崎は何処に?

 


★ ☆ ★ ☆ ★

 



おい、今夜、代10回『薄幸美人さんを救う会』会合を、いつもの場所でやるぞ。

何っ?何だ?何か悪い事でも起きたのか!?

あぁ‥‥実は、例のアフロがアパートに来たんだ。

何だとォォォッ!?

そ、それで!?どうなったんだ?まさか、美人さん!何処かに売られたとか‥‥!

許すまじ!!!アフロ!!!!!!

いや、そこまでは行かなかったが、もう時間の問題な気が‥‥

い、いったい何が!!!???

昨夜の10時頃だったかな、隣が急に騒がしくなって、
何だろうと思ってちょっと覗いてみたんだ。
そしたら、ちょうどあの穀潰し従兄弟がアフロを部屋にあげてる所で‥‥

ヤクザを部屋に入れてどうする!!!???

それから、壁に耳当てて隣の様子を‥‥

お前、何時もそれやってんじゃないだろうな?

やらねぇよ!それに、たいていTVの音しか聞こえないし!

やってたんかい!!!???

とにかく!最初は何にも聞こえなかったんだけど、
急にアフロの野郎が『俺の言う事を聞け!』とか叫びだして!!

うぉっ!美人さんの一大事!!

そしたら美人さんも『先に約束を破ったのはそっちだ!』とか叫び返して!

借金返済のトラブルか!!!???借用書に嘘でも書いてあったのか!!!???

でもってアフロが『ちょっと来い!』とか言って、
美人さんが『嫌だ!』とか叫んで、
しまいには穀潰し野郎が『月君との楽しい同棲生活が~~~!』とか言いやがるし!!
すったもんだした挙げ句、
『明日また来るから、それまでに引き揚げる準備をしておけ』とか捨て台詞残して、
アフロが帰って行きやがったんだ!!

美人さん、とうとうヤクザに捕まって、海外に売り飛ばされるんじゃ!!!???

だから!俺らで何とか阻止すべく会合を開くんだ!!

しかし、俺達に何が出来るんだ?

相手はヤクザだろ?

借金を肩代わりするにしても、俺らにもそんな金‥‥

だからぁ、そこは餅は餅屋でぇ。

そうか!!!大家の次男!!!!!!

そう言う事!アフロは別の組のもんらしいから、
大家の次男を通じて『よそもんがデカイ顔してますぜ、兄貴』とかチクってもらって、
あいつの組にアフロをちょいと締め上げて貰うんだ。

でも、それだと、今度は大家の次男の組が美人さんに目を付けるんじゃ‥‥

借用書は俺らの組が買い取ったぁ!とか言ってさ。

有りえる‥‥

だからそこは、借金の話はしないで、純粋に美人さんにコナ掛けてるって線で。

それなら何とかなるかもしれないな。

大家の次男も美人さんに酷い事するのは嫌だろうし。

あれはマジで!惚れてそうだもんな。

‥‥‥‥‥‥‥‥ホモだな!!!!

そういうことで、
やるぞ!第10回『薄幸美人さんを救う会』会合!!

お~ぅ!!!!!!!!!

 


そんな訳で、自分だけはホモじゃない!と各々心の中で思いながら、
こいつホモだよ、とやっぱり心の中で呟きながら大家の次男を呼びだした彼らだった。
美人さんの一大事と聞いてすっ飛んで来た次男も次男なら、
駅前の某居酒屋チェーン店店内の片隅で、
いざ出陣!の雄叫びを上げた彼らも彼らである。
人はそれを『同じ穴のムジナ』と言う。

そうして勇んでアパートまで来てみれば、
電信柱の陰に怪しい影が一つ。

「あ、あれ‥‥前にも確か‥‥」
「そうだそうだ。前も美人さんのアパートを見張ってた大男だ」
「「「何だとぉ???」」」

咄嗟にもう1本離れた電信柱の陰に隠れる若造達。
全然隠れてないのは日を見るより明らか。
そうこうするうち美人さんの向かいのアパートから一人の男が姿を現した。

「「「「「ヤロウ!!!!!まさか‥‥‥!!!!!?????」」」」」

それは、何時ぞや美人さんと親しげに話しこんでいた向かいの引き籠り大学院生である。
男は辺りをキョロキョロ見回すと、
美人さんの住む2階の部屋の窓に向かって石(?)を投げた。
暫くすると明かりの灯っていた美人さんの部屋の窓がカラリと開き、
件の美人さんがそっと顔を覗かせた。
そして、下にいる引き籠り大学院生に気付くと慌てて窓を閉めた。
更に暫くして、その美人さんまでもがアパートから出て来て、
嬉しそうに引き籠り大学院生に飛びついたではないか!

「「「「「●≠☆▼※◇§■Δ!!!!!\(◎o◎)/!」」」」」

あまりにオーソドックスでポピュラーで、
若い時に一度はやっておきたい恋愛シチュエーションの一つが、
今まさに彼らの目の前で展開されたのだ!
これが驚かずにいられようか!!!!!?????

「ロミジュリかよ、おい!」
「何時の間に、あの野郎‥‥‥」
「引き籠りのくせしやがって!」
「オタクのくせに!」
「アパートから追い出してやる!」

しかし、彼らが電信柱の陰で悶えている間に、
美人さんと引き籠り大学院生は手に手を取って何処かへと歩いて行く。
それはまるで駆け落ちの構図。
しかも、大学院生は片手に古めかしいスポーツバッグを提げているではないか。
まさか中身は駆落ち道具一式!?(って、何?)
Aから始まる弱冠はげた某スポーツメーカーのロゴが微妙に憎い。

「追いかけるぞ!」
「「「「おうっ!!!!」」」」

しかし、そんな彼らより早く、もう1本の電柱柱の陰に隠れていた大男が先に動き出した。

「な、何だ?」
「何者だ?」
「美人さんを追いかけてるのか?」
「アフロの手下か何かか?」
「ヤッちゃん?」
「「「「「美人さんが危ない!!!!!」」」」」

しかし、たかが学生とたかがチンピラでは大男のヤクザ者と格(?)が違う。
お前が先に行けよ、いや、お前が‥‥とごたごたやっているうちに、
美人さんと大学院生、それから大男はさっさと先へ行ってしまう。
せめて大男の足止めを!と思い、彼らが走り出した時だった。
彼らを邪魔するかのように大型バンが目の前を横切ったのは。
通学路でもあるその道路にはガードレールがある。
そのせいで、バンに行く手を遮られた彼らは直ぐには道路の反対側へ移れなかった。

「しまった‥‥見失った‥‥」
「いったい何処へ‥‥?」
「大男もいない‥‥」
「まさか、このまま駆落ちなんて事‥‥」
「探そう!」

そうして若造達は一晩町を流離う事になった。
翌日学生達は講義を自主休講し、大家の次男は兄貴分にこっぴどく叱られた。
青春は実に熱く不条理である。ガンバレ若造!

一方――――

「危ない所でした。
 野次馬を引きつれて尾行とは、模木さんもヤキが回りましたね」
『す、すみません。少々焦っていたようです。
 月君に何かあったら、と思うとつい気が逸って‥‥』
「その月様ですが、どうやらアパートに無事戻られたようです」
「そうですか‥‥安心しました。
 そう言う事ですので、模木さんは引き揚げて下さって結構です」
『判りました』

若造達の邪魔をしたバンが夜の町を走り去る。
乗っているのは運転手の髭の老人とぼさぼさ頭の男。
苛々と指を咥え両膝を抱えてシートに座る様が目に痛い。
シートベルトをしている点だけは誉められるか?

「月君の行動力は大したものですね‥‥
 私と一緒だった時はそこまで判りませんでした」
「引き籠りの貴方と手錠で繋がれていらっしゃいましたから」
「厭味ですか?それは‥‥」
「意外に貴方が臆病だったと判って、私もがっかりしている所です」
「‥‥ワタリ‥‥」
「月様はガッカリどころではなかったでしょうな」
「だからと言って今回のような事をされては‥‥」
「それは月様に直接仰ってください」
「‥‥‥‥‥‥そうした方がいいですかねぇ」
「勿論です。その前に、行動で示されれば尚良し、です」
「‥‥‥‥‥」

男の指を咥える力が増したようだ。

 


「月君、例の証拠の品は鑑識に送ったよ」
「そうですか。では、そろそろ大詰めですね」
「仲間らしき連中も突き止めたしな」
「電脳オタクのくせに、パソコンの中身を綺麗にしておかないなんて。
 やっぱり素人は素人って事ですか」
「月君‥‥その言い方、何だか月君が‥‥」
「うふふふふ、何ですか?松田さん。まさか僕が手慣れてる、とでも言いたいんですか?」
「え?だって、実際キラ事件の時‥‥」
「松田ぁ!ラ、月君!!今日の夕飯は何かな!?」
「ふがふが‥‥がふっ‥‥」
「うふふふふふふふふふふふふ‥‥カレーですよ、伊出さん。
 松田さんには特別!ハバネロを加えてあげましょうね」
「あはははは‥‥松田も泣いて喜んでるよ、月君」
「(ひぃぃぃぃぃぃぃっ~~~~~~~!!!!!!!(>_<))」

次の日、月お手製カレーは向かいのアパートの大学院生にも振舞われたのであった。

「よくも私のカレーを‥‥」
「辛い物はお嫌いだったと思いましたが?竜崎」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥精進します」

 


★ ☆ ★ ☆ ★

 


皆の者!聞けぇぇぇっ~~~~!!

何だ何だ?

大家の次男が先走りやがった。

何ぃ!?何やらかしたんだ!?

何でも、例の大学院生にインネンを吹っ掛けたらしい。

うぉっ!さすが、チンピラとはいえヤッちゃんだな。

買い物に出たところを待ち伏せて、肩にぶつかったとか何とか言ってボコにしたらしい。

スゲェ、漫画みたいだ。

それを何回かやったら、野郎、ますます引き籠りになっちまって、
買い物は全部ネットで済ませるようになったらしいんだ。

じゃぁ、もう美人さんには手出しできないな。

いや、待て!まさかそれで、美人さんが大学院生の部屋に通うようになったとか?

何ィィィィィッッ!!??

大丈夫、それはない。
だけど、野郎が外に出て来ないもんだから大家の次男、
痺れ切らして今度は直接部屋に押し掛けたらしい。
でもって、家賃10倍に値上げする!と、脅したらしい。

体の良い、追い出し作戦だな。

昔懐かしい地上げ屋か?

さすがヤクザ者。

ところが、それが裏目に出たんだ!

な、何が?どうなった!?

なんと、あの引き籠り野郎!アパートから逃げ出すのにかこつけて、
美人さんにプロポーズしやがったんだ!!

何ィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!???

何でも、株で一山当てて麻布に高級マンションを買った、
近々そこに引っ越すつもりだ。
貴方みたいな美人にこんなボロアパートは似合わない。
俺と一緒になれば生活に苦労はさせない、
だから、俺の為に一生飯を作ってくれ!
などとホザキやがったんだ、あの野郎ォォォォォォ!

俺らが言いたいわッ!!!

しかも、ついでに膝枕だとか、耳かきだとか!
ケチャップハートのオムライスが食べたいだとか!
パンツ洗って欲しいだとか、ピンヒールでグリグリして欲しいだとか!
裸エプロンで料理を作って欲しいだとか!
色々、色々色々、色々たくさん!言いやがったんだっ!!

揺するまじ!!!オタク野郎ッ!!!!!!

そこへあの穀潰し引き籠り従兄弟がしゃしゃり出てきやがってな!

オタクを叩きのめしたのか???

いいや、その逆!あろうことか、
『月は俺の物だから手を出すな。こいつが欲しいんなら、金を出せ』
とか、言いやがったんだ!

穀潰し、殺す‥‥!!!

‥‥穀潰しでも従兄弟にそんな事を云われた美人さんは酷く傷ついてな‥‥
俺の部屋に逃げ込んで大泣きしたんだ。俺の胸にしがみついて‥‥

‥‥‥何ですと???

いやぁ、その場に居合わせて良かったぁ(^O^)役得役得♪

単なる自慢話かよっ!!!

怒るな怒るな。これも同じアパートに住む者の特権。

こいつ、ボコにしてやろうぜ。

額に肉の字書いてやる。マジックで。

お前の失恋記録をネットにあげてやる。

ま、待て待てっ!
とにかくそう言う訳で、いつ何時、美人さんがアパートを飛び出すか判らない状況なんだ。

それはあれか?美人さんがオタク野郎に惚れたってことなのか?

それはない!その辺はちゃんと美人さん本人に確かめた。
どうやら穀潰し従兄弟の世話に疲れたらしい。

だよなぁ!!!

ついでに借金の事も聞いたんだが、そこは話を濁された。
『貴方にこれ以上迷惑はかけられません』とか言って、
涙を拭き拭き部屋に帰って行った‥‥

あぁ‥‥なんて健気なんだ、美人さん!

俺の嫁にしてぇ~~~~!

一生俺の飯を作ってくれぇぇ~~~~!

借金は俺が肩代わりしてやると言えないのが辛いよなぁ‥‥

それを言うな!!!

そう言う訳で、このままじゃ美人さんは何時オタク野郎の誘惑に負けるか判らない!

うおっ!!!有りえるっ!!!!!!

だから、俺達で穀潰し野郎を改心させるんだ!

それはつまり、大家の次男みたいに因縁つけるって事か?

脅すって事か?

調教?うわっ、やりたくねぇ!

脅しを混ぜつつ説得するんだよ。脅し役は大家の次男って事で。
俺達は良い人ぶって説教する役だ。

良い人ぶってって、それ、俗に言う飴と鞭作戦か?もしかして。

違う!脅して賺す作戦だ!

宥めて賺すんじゃないんだな‥‥

そう言う訳で早速今夜、みんなで隣に乗り込むぞ!

おぉぉぉっ!!!

 


そんなこんなでやって来ました!友人のアパート!!いやさ、美人さんのアパート!!!
モテナイ貧乏学生&チンピラヤクザの大家の二男。
若さゆえの正義感に燃える若造達。
しかしてその実態は、単に美人に目が眩んでちょっと道を踏み外したおバカ集団。
とっくの昔に美人さんが男だと言う事を忘れているらしい。

「ま、待てっ!あれを見ろ!!」
「あれは‥‥美人さんと‥‥」
「オタク大学院生!」
「手に持ってるのはスポーツバッグ?ボストンバッグ?旅行鞄!?」
「コートにマフラーって、初めて会った時の恰好‥‥まさか‥‥」
「「「「「駆落ちっ!!!!!?????」」」」」

しかし、アパートまで来てみれば、心配事が現実になろうとしていた!

「「「「「ちょっと待ったぁぁぁ~~~~~っ!!!!!」」」」」

このままでは美人さんがオタク野郎の囲い者にされてしまう!
そんな事させてなるものか!!!!!
とばかりに、何時もはへっぴり腰の若造達は一念発起した。
下心の赴くまま、後先考えず飛び出した、とも言う。
とにかく、皆して昔懐かしい台詞を吐きつつ脱兎のごとく駆け出し、
今まさに手を取り合わんとしていた二人を取り囲む。

「み、皆さん。どうしたんですか?」
「こんなオタクに付いて行っちゃダメだ!」
「こんなオタクに付いて行っても、美人さんが幸せにはなれる筈がない!」
「貧乏が辛いからって、安易な道に走っちゃダメだ!」
「俺がもっと良い仕事を探してやるから!」
「穀潰しの従兄弟は俺達が改心させますから、
 こいつとの駆落ちだけは思い止まってください!」
「え?は?」
「お、お、お、お前ら‥‥な、な、何だよ!」
「このオタク野郎!金にものを言わせて俺達の美人さんを一人占めしようとは、
 いい根性してるじゃねぇか!」
「ラ、ラ、ラ、月は‥‥お、お、お、お前らのもんじゃ、ない!」
「だからって、お前のものだとでも言うのかよ!」
「お、お、お、俺なら、月を幸せに、出来る!」
「オタクが偉そうにっ!」
「オ、オ、オ、オタクでも、お前らと違って、俺には金がある!」
「金だぁ!?そんなもん、何処にあるってんだよ!
 そのバッグの中かぁ!?あぁっ?だったら見せてみろっ!」
「や、や、や、やめろ!俺の金に、さ、さ、さ、触るな!」

数の勢いとは恐ろしいものである。
そして、人間、頭に血が昇ると何を仕出かすか判らない。
金なし女なし力なしの学生も、
日頃は組の威力を笠に着てえばっているたかがチンピラも、
群たら怖いもの知らずになるのは自然の法則。
興奮と勢いに任せ、寄ってたかって一人に襲いかかり、
その手から美人さんと、Aで始まる剥げたロゴマークのスポーツバッグを、
力尽くで奪い取ってしまうのだから。

「か、か、か、返せっ!」
「「「「「うるせぇっ!!!!!」」」」」

そして、もみ合い圧し合いしているうちに、何の拍子かオタクのバッグの口が空き、
そこから大量の福沢諭吉が宙に舞った!
年代物だったからファスナーが壊れる寸前だったらしい。

「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」

暫し、その光景に見入る若造&オタク。
札びらのシャワーなんて贅沢な状況、早々体験できるものではない。

「!危ない!!」

我に帰り、若造達が本能と欲望のままそのお札を拾おうとした矢先、
一人冷静にこの状況を観察していた美人さんが一声叫んだ。
キキキキキ―――――ッ!
ハッと気付き振り返れば、一台のバンが彼ら目掛け突っ込んで来る!

「てめぇ、この野郎!よくも俺の金取りやがったな!!」
「バカヤロウ!俺の金だっての!!」
「「「「「!!!!!?????」」」」」
「う、う、う、うるさいっ!こ、こ、こ、これは俺の金だ!!」
「「はぁっ!!??何ふざけた事抜かしてやがるっ!!!!」」

揉み合う彼らの直ぐ側に急停車したバンから飛び出して来たのは、
あろうことか手に銃を持った二人組!
この平和ボケ日本で銃!
チンピラ大家の次男だって、兄貴分の隠し持ってる銃は見た事あっても、
ガキの持つもんじゃねぇと、触らせても貰えなかった銃!!

「逃がさねぇからな!残りの金も返しやがれっ!!」
「ほらっ!てめぇらも乗れっ!!」

そうして、銃で脅され無理やり散らばった金を掻き集めさせられ、
バンに押し込まれるオタクと若造達。

「あっ‥‥!」
「「「「「「月(美人さん)に乱暴するなっ!!!!!!」」」」」」
「「な、何だぁ!!??」」

最後に押し込まれたマドンナ(笑)の小さな悲鳴に、
この時ばかりは彼らの心も一つになった!

人生20年とちょっと、平々凡々に生きて来た彼らに突如降りかかった災難!
果たして彼らはこの危機を乗り越え心のマドンナを幸せにできるのか!?
次回、こうご期待(笑)!

 


「うわ、わわわわっ!どうしよう‥‥月君が‥‥!」
「うろたえるな、松田!これも月君の計画の内だろ!!
 しかし、余計なお荷物まで付いたとなると、流石の月君も厳しいか?」
「もし、月君に何かあったら‥‥」
「竜崎に何を言われるか‥‥」
「それよりも俺は、局長が怖い」
「相沢!いい所へ‥‥!!」
「発信器は?大丈夫なんだろうな?」
「は、はい。隠しマイクも正常に作動してます」
「よしっ。じゃぁ、計画通り俺達で月君の後を追うぞ」
「計画?計画とはいったい何の事ですか?」
「「「!!!???」」」
「お久しぶりです。相沢さん、松田さん、伊出さん。
 愛しの月君がここにいると模木さんから聞いたのですが‥‥
 私の月君は何処でしょう」
「「「‥‥‥‥(判ってて聞いてやがるよ、このカエル)」」」

 

※カエルの王子様、本格的に登場!
 果たして月姫のピンチを救えるのか!?(^O^)

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★

 


な、な、な、なんだよ、これぇ‥‥!?

誘拐?拉致監禁?何で俺達が!?

スポーツバッグに大金、そして銃‥‥何処のドラマ?映画?嘘だろ、おい!

うわぁぁぁ!助けて神様!助けてかぁちゃん!!

怖くない怖くない怖くない‥‥俺はもう一人前のヤクザなんだ‥‥
じゅ、銃なんか、ちっとも怖くないぞ~~~~~!

こうなったのは誰のせいだ?

オタクだ、オタクのせいだ‥‥それしかない‥‥!

オタク野郎‥‥いったい何やりやがったんだ?あの金、危ない金なのか?

き、きっとヤクザの金を盗んだんだ。
でなかったら『オレオレ詐欺』で儲けた金を一人占めしやがったんだ。
するとこれは仲間割れか?俺達はそれに巻き込まれたのか!?

ラ、月は‥‥俺が守るんだぁ~~~!

 


そんなこんなで貧乏ヘタレ大学生と引き籠り大学院生、
それから下っ端ヤクザと美人さんを乗せたバンが日の落ち始めた都内を走りぬける。
いったい何処へ向かっているのか。
運転席の30代後半と思われる如何にもモテなさそうな男も、
助手席の銃を持った20代後半らしき男も教えてはくれない。
ただ、その全身から発せられる怒りのオーラは本物で、
ついでに顔面には焦りが如実に浮き出ていて、
ちょっとでも拙い事を言えば後先考えずに銃をぶっ放しそうな、
そんな追い詰められた雰囲気がガンガン伝わってくる。

「この野郎!よくも俺達を騙しやがったな!
 盗んだ金はホトボリが冷めるまで隠しておく筈じゃなかったのかよ!
 それをこっそり一人占めしやがって!
 俺が定期的に隠し場所の確認に行ってなかったら、
 そのまま金持ってトンズラするつもりだったんだろう!」
「確認だぁ!?てめぇ、そんな事してやがったのか!油断も隙もねぇ野郎だぜ!」
「うるせぇ!そのお陰でこいつの抜け駆けに気付いたんだ、文句言うな!」

そう言って助手席の男が手にした銃のグリップでオタク大学院生の頭を軽く小突く。

「俺達が持ってる鍵とお前の暗証番号が揃わなけりゃぁ金庫の鍵は開かない、
 とか言っておいて、本当はお前のだけで開いたんじゃないか!そうだろ?あぁっ!」
「や、や、やめろ‥‥い、い、痛いだろ‥‥」
「うるせぇ!よくも俺達を騙しやがって!ただで済むと思うなよっ!!」
「例の場所に他の連中も集まってるんだ。そこへお前を連れて行く」
「もう逃げも隠れも出来ないからな。
 残りの金はどうした!?俺達が盗んだ金はこの10倍はあった筈だ」

中身が半分以下になったスポーツバッグを指し示し、銃を持った男がオタクに詰め寄る。

「盗んだ金って‥‥もしかして、半年前の現金輸送‥‥」
「うるせぇ!外野は黙ってろ!!」
「「「「「‥‥(ひぃぃぃぃっ!当たったみたいだ‥‥!!!!!)」」」」」
「それって、某警備会社の現金輸送車を同時に3台、
 同じ日の同じ時刻に襲ったって言う‥‥?
 無線も乗っ取られて連絡が付かず、まんまと逃げられたとか‥‥」
「おい、黙れって言ってるのが聞こえないのか!
 その可愛い顔に傷が付いてもしらねぇぞ!!」
「す、すみません‥‥」

如何に犯罪者とはいえど、男たるもの美人には弱いらしい。
学生&ヤクザには乱暴でも、コートにマフラーで体形がよく判らない美人さんの、
如何にも弱々しく震える声には微妙に対応が柔らかだ。
最後に押し込まれたせいで真ん中のシートに座る美人さんは、
それでも男の脅しが怖かったのか、唇に手を押し当て顔を青褪めさせている。
その如何にも犯人と人質といった構図がツボに入ったのか、男はフンと鼻で笑うと、
真ん中のシートでガタガタ震えているオタクの頭を銃のグリップでグリグリ小突いた。

「や、やめてください‥‥乱暴はしないで‥‥」
「あぁぁん?」

それを見かねた美人さんが恐怖のせいか少々裏返った声で抗議をすれば、
ドラマの悪役を気取ったかのように、更に柄悪く睨みを利かせる犯人。
それに威圧され思わず隣に座る大家の次男に身を擦り寄せる美人さん。

「(うわぁぁ~~~!役得役得ぅぅぅっ!!)」
「「「「(こ、この野郎ぅぅぅ~~~~っ!!!!場所、変わりやがれぇッ!!!!)」

一瞬車内がピンクのオーラと不穏な空気に満ち溢れたが、
バンが急に左折した事でそれはあっと言う間に散ってしまった。

「おい、着いたぞ」

それから1時間ほどしてバンが停まったのは、今はもうやっていないレストランだった。
住宅街からも駅からも離れている立地条件が災いし買い手がつかないのだろう。
そんなレストランの表にバンが停まると、中から一人の男が出て来た。
どうやら仲間は二人だけではないようだ。

「おい、降りろ」
「こいつらも連れて行く気か?」
「残していってどうするんだよ」
「それもそうだな」

運転手がオタク大学院生を引き摺り降ろし、助手席の男が他の連中を銃で脅して降ろす。

「捕まえたのか?」
「あぁ」
「金は?」
「やっぱりこいつが持ってやがった。生意気にも女と高跳びするつもりだったらしい」

「!(失敬な!僕は男だ!!)」
「「「「「(うわぁぁぁ!!!!!こ、ここは堪えて、美人さん!!!!!)」」」」」

その一瞬、学生とヤクザの気持ちは一つになった。
そんな彼らが冷や汗タラタラで見守る中、一瞬怒りに眉を吊り上げた美人さんだったが、
状況は読めたようで、グッと唇を噛みしめる事で反論の言葉を堪え事無きを得た。

「へぇ、この女がそうか?」

それでも、顔を見ようと近付いて来た第3の男には我慢できなかったのか、
あわてて後退し隣の大学生の後ろにサッと隠れる。

「(役得役得ぅぅぅっ!)」
「「「「(だから、代われっての!!!!)」」」」

そんな一行を脅しつつ建物内へ入って行く3人。
すると、更に3人もの男が現れ、彼らはもはや逃げられないと堪忍するしかなかった。
銃があってもこの人数なら、と思ったのだが、これだけいたのではとても無理だろう。

「降りろ」

合計6人の現金輸送車同時襲撃犯が指し示すのは厨房から地下へと続く階段。
そのドアには頑丈な鍵が付いているが今は外れている。
二人並んで降りるのがやっとの階段の下には更に頑丈なドアがあった。
そこには鍵が二つ付いていて、やはり外されている。
ぽかりと開いた真っ暗な空間に差し込む6つの灯り。

「ここは‥‥ワイン倉庫?」
「黙って入れ」

幾つか並ぶ棚を見やりそう呟いたのは美人さん。
貧乏学生&チンピラヤクザは震えあがって声も出ない。

「てめぇも入れ!」
「や、や、やめ‥‥っ!」

そして、最後に突き飛ばすようにして中へ押し込まれたのはオタク大学院生。
そのオタクを引き摺り更に奥へと連れて行く犯人達。

「お前らも行くんだよ」

電気は止まっている筈なのに中の空気は冷たく、
暗闇と相まって体感温度は零度を下回っているだろうか。

「よくも俺達を騙しやがったな!」

付き当たりの壁にあったのは鉄格子。
そこには先程同様鍵が二つ付いていてそれも外されている。
そして、奥の一画には如何にも頑丈そうな金庫が一つ。
ただし、開けっ放しの金庫の中身は空っぽだ。
その金庫に向かってオタクを突き飛ばし、リーダー格らしい男が叫ぶ。

「金は何処へやった!あれは俺達の金だ!!」
「あ、あ、あれは‥‥お、お、俺の、金だ!
 お、俺が、け、計画したんだから、俺の金なんだ!!」
「何だとぉ、この野郎!頭でっかちのモヤシのくせしやがって!!」
「苦労して金を奪ったのは俺達だ!」
「それを、言う事聞かなかったら警察に俺達の事をばらすだとぉ!?」
「どれだけパソコンに強いか知らないがなぁ!世間を舐めるんじゃねぇぞ、こらぁ!!」

いやいや、世間を舐めているのは貴方達の方ではありませんか?
幾らお金に困ってるからって、他人様の金を盗んではいけません。
少しは美人さんを見習って下さい。
美人さんなんて、世話になった人の頼みだからと、あんな穀潰しの世話を毎日して、
あまつさえ穀潰しの借金までせっせと働いて返してるんですよ―――
と、心の中で思っても口に出して言えない学生&チンピラヤクザ。

「なにが、7人全員集まらなきゃ金は取り出せないだぁ?
 裏口があるなんて聞いてなかったぞ!」

金庫に辿り着くまで鉄格子を入れてドアは3つ。そこには合計5個の鍵が付いていた。
金庫の鍵を入れれば6個。犯人達の数と同じだ。
そして、犯人達の言葉によれば金庫のダイヤルナンバーはオタクが知っている。

「貴方が主犯?この人達を‥‥騙したんですか?」

美人さんが空の金庫の前で尻餅をついているオタクに恐る恐る問いかければ、
ばつが悪そうに顔をそむける仕草から、その推理が当たっていると判る。
半年前の現金輸送車同時襲撃事件。
その犯人は6人組だと報道にあったが、どうやら彼らを誘拐した男達がその犯人で、
オタク大学院生が計画の立案者なのは間違いないようだ。
恐らくホトボリが冷めるまで此処に金を隠しておくつもりだったのだろう。
6本の鍵と1つの暗証番号が揃わなければ取り出せないようにして。
抜け駆け対策だ。
しかし、どうやってかオタクが抜け駆けに成功した。
実行犯のリーダー格の男の口ぶりでは何処かに裏口があったようだ。
オタクはその裏口の存在を知っていて、なおかつ金庫の合鍵も持っていた。
つまり、6人はオタクにしてやられたという事になる。

「貴方が‥‥そんな悪い人だったなんて‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」

信じられないと悲しそうに俯く美人さん。
空気が一瞬しんみりと‥‥って!
いやいや待て待て!!待ってくれ!!!
オタクが抜け駆けしたのはもしかしてもしかすると、その美人さんのせいなんじゃ‥‥

「「「「「(麻布の高級マンション‥‥)」」」」」

貧乏学生&チンピラヤクザの脳裏をよぎるキーワード。
抜け駆けは頭にあったかもしれないが、直ぐ実行する気はなかったかもしれない。
しれないが、ついつい美人に目が眩んで抜け駆けしてしまった。
美人さんの心を手に入れたくて、盗んだ金を一人占めして、それを美人さんに貢いで‥‥
それもこれも、男の悲しい性?
もしくは‥‥‥‥

「「「「‥‥‥‥‥(傾国の美女だな)」」」」
「(え?ケイコクノビジョって何だ?)」

そんな下らないテレパシーが彼らの間でやり取りされたのはこの際置いといて、
とにかく、ここはどうやって逃げるかが問題だ。
残りの金の在りかをオタク大学院生が吐いても吐かなくても、
彼らが口封じに殺されるのは日を見るより明らか。
何も直接殺す必要はない。このワイン倉庫に閉じ込めるだけでいいのだ。
それだけで彼らは死ぬ。餓死か窒息死かは判らないが、死ぬ事だけは間違いない。

「「「「「(し、死ぬ前に美人さんといい事したい~~~~~!!!!!)」」」」」

と、自分達の命を諦めた学生&チンピラヤクザが良からぬ事を思った瞬間!

「手を上げろ!」
「「「「「「「!!!!!!!???????」」」」」」」

懐中電灯だけが頼りだった暗いワイン倉庫に明かりがつき、
いかつい男達が乱入して来たのは。
そして更に、彼らの後ろで頼りなげに俯いていた美人さんが飛び出し、
ずっと銃を手に威嚇していた男を柔道の一本背負いで投げ飛ばしたのは。

「遅いですよ、相沢さん!」
「す、すまない、月君!」
「それより、早く逮捕してください!現金輸送車同時襲撃犯の実行犯達です!」
「お、おうっ」

逃げ惑い、あるいは反撃に出た犯人達を手早く倒し手錠を掛けて行くのは、
背広の男達と制服を着た警察官。

「「「「「警察官!!!!!?????」」」」」

しかも、美人さんに相沢と呼ばれた男は、何時ぞやの金貸しアフロではないか!
それに、大男は例の電信柱の陰にいた男。
『流石だね、月君』などと言って美人さんに纏わり付いているのは穀潰しの従兄弟。
もう一人は初めて見る顔だが、
『危ない事は止めてくれ、月君。心臓が止まるかと思ったよ』
と言っているからには、美人さんの知りあいなのだろう。
という事は、この男達は刑事で、しかも全員美人さんの知り合い?

「済みませんでした、皆さん。こんな事に巻きこんでしまって。
 お怪我はありませんか?」

そうして6人とオタク大学院生が警察官達に連行されて行った後、
軽く埃を払った美人さんが、何時もの煌びやかで柔和で優しくて、
癒しの権化のような頬笑みで彼らを振り返った。

「「「「「あ‥‥あのぉ、これは、いったい‥‥」」」」」

彼らの心境は同じである。
いったいぜんたい何が?これは何?貴方は誰?彼らは何者?である。

「あぁ、すみません。あの人達は警察庁の刑事で、
 半年前に起こった現金輸送車同時襲撃事件の捜査をしていたんです。
 それで僕もちょっとお手伝いを‥‥」
「「「「「お手伝い‥‥‥」」」」」
「えぇ、向かいのアパートの大学院生が主犯だと判明して、
 残りの実行犯について潜入捜査中だったんです」
「「「「「は、はぁ‥‥‥‥‥」」」」」
「それで今日、証拠の盗まれた現金を押さえ、逮捕する予定だったのですが、
 まさかこんな事になるなんて‥‥本当にすみませんでした」
「「「「「い、いえ‥‥‥‥‥‥‥」」」」」
「これから皆さんを送らせますので、どうかご安心ください。
 詳しい話とお詫びは、また日を改めて‥‥」
「「「「「(あ、あのぉ‥‥すると、美人さんも刑事‥‥)婦警さん?????」」」」」
「はい?」

思わず超!勘違いな言葉が彼らの口を突いて出た時だった。

「何、不埒な事を言いやがるのですか、このヘタレどもは」
「「「「「!!!!!?????」」」」」
「竜崎!?」

更に新たな人物が現れ、この場が再び不穏な空気に包まれたのは。
一難去って、また一難!?
モテない貧乏学生とチンピラヤクザと美人さんの運命や如何に!?

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★

 


何だろう‥‥俺、何かしたっけ?
ついてない日、とか言うにも程があると思うんだけど‥‥

今日は厄日だ‥‥そうだ、きっとそうに違いない‥‥

一難去ってまた一難?とも違う気がするが‥‥
何か次々色んな事が起きて、もうついていけないかも、俺‥‥

オタクの次は‥‥カエル?え?一気にキワモノ路線?

惚れたあの子は婦警さん‥‥ヤクザと婦警の恋‥‥!うぉっ!俺ってば、ロミジュリ!?

 


警官達が現金輸送車同時襲撃事件の犯人達を連行し、
貧乏学生達とチンピラヤクザを保護しようとした矢先、
地下のワイン倉庫に現れた男は、とてもじゃないが警官にも刑事にも見えない、
むしろオタク大学院生に何処か通じるものがある、何だかどうにも胡散臭い男だった。

「りゅ、竜崎、どどどどど、どうしてここに‥‥?」

しかも、ジーンズのポケットに両手を突っ込んだ男が余裕ぶった態度で現れたとたん、
何だか周囲の空気が2℃も3℃も下がったように感じられたのは何故だろう?
穀潰しの従兄弟、もとい刑事が青い顔をして美人さんの背後に隠れたのは?
そして、その美人さんから女神の如き微笑みが消えたのは、何故!?

「やっぱりあの時僕達を尾行していたのはお前だったのか、竜崎」

はぁ?尾行?電信柱の大男、もとい刑事じゃなくて?
この、俺達と経済状況がどっこいどっこいのジーンズにロングTシャツを着ただけの、
(私が身に着けている物は全てブランド品です!)
ザンバラ髪に栄養失調一歩手前みたいな青白い顔にでっかい隈を作った、
パンダというより爬虫類か魚類に見えるギョロ目の猫背男が、
我らの美人婦警さん(違います)を尾行したって!?
それって何時!?

「模木さんに僕を見張らせるだけじゃ飽き足らず、まさかお前自らが出向くとは‥‥
 出不精で面倒くさがりやで人を顎でこき使うのが大好きなお前が、
 たかが極東の島国の、ちゃちな強盗犯逮捕に自ら動くとは、
 どういう風の吹き回しだ?」
「「「「「!!!!!?????」」」」」
「ひぃぃぃぃ‥‥‥!ラ、月君、ここは抑えてぇぇぇ~っ!!」

な、何だろう、これ‥‥美人さんが今まで見た事無い笑顔で笑っていらっしゃいます。
えぇ、微笑んでいるとか、そんな生易しいもんじゃなく、
実にイイ笑顔で、そりゃもう妖艶に、笑っていらっしゃいます!
これはもしかして、もしかしなくとも、怒っていらっしゃるのでしょうか‥‥
笑いながら鬼のごとく激怒していらっしゃるのでしょうか~~~っ!?
美人は怒っても美人というのは本当だったようです。
むしろ、美しさの魅力が増してます。キラキラ輝いて見えます!迫力の美しさです!
これはもう、あれですか?女王様!ってやつですか!?

「松田さんは黙っててください」
「はいぃぃっ!」

しかも、一言で穀潰し従兄弟、もとい刑事を黙らせる様子が実に板についてます。
もしかしなくとも、真正女王様‥‥?
え?借金返すためのバイトってSMクラブのバイトだったんですか?

「久し振りに聞きました、月君の厭味。
 この私をそこまでボロクソに言えるのは月君だけです」
「厭味じゃなくて事実だし」
「「「「「(厭味の追い打ち!!!!!?????)」」」」
「事実でも、松田辺りでは口が裂けても言えないでしょう」
「そうでもないさ。酔っ払ったら竜崎の悪口言いたい放題だったぞ、松田さん」
「‥‥‥ま~つ~だ~~~~~‥‥‥‥」
「ひぃぃぃっ!すみませんすみませんすみませんすみませんすみません~~~っ!!」
「月君といつ酒なんか飲んだんですか~~~!
 この私を差し置いて抜け駆けするとは、いい度胸ですねぇ~~~~!!」
「「「「「(怒るのはそこか~~~~~!!!!!?????)」」」」」
「松田さんを虐めるのは僕が許さない!」

シャ~~~ッ!と、カエルのくせに今にも先が二つに割れた長い舌を出しそうな、
如何にも爬虫類(あ、両生類だった)の粘着気質爆発!みたいな恨み辛みの籠った、
男の嫉妬丸出しの顔で穀潰し‥‥あ~、もういいか穀潰しで、従兄弟を威嚇する男の胸に、
美人さんが何か光る小さな物を投げつける。

「!‥‥こ、これは‥‥」

チン!コロコロコロ‥‥と、冷たい床を円を描いて転がったのは、
何処からどう見ても銀色の指輪だ。
先に付いているキラキラ光る物は石だろうか。
女が目の色を変える『ダ』で始まって『ド』で始まるあの石‥‥‥かなりでかい!

「僕らの未来のためには動かないお前でも、犯罪者逮捕の為なら動くんだと、
 前もそうだったし‥‥今回の事でよ~く、判ったよ!
 後生大事に持っていた僕がバカだった!!今度こそ終わりにしよう、竜崎!!!」
「!月君‥‥!!」

いきなり激昂した美人さんは、しかし、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そして、足音高くカエル男に近付くや、その肩をド突き脇腹に思いっきり蹴りを入れた。
スラリと伸びたおみ足がステキです、美人さん!そして、情け容赦ないです、女王様!!
しか~し!カエルもさる者引っ掻く者‥‥いやいや、やっぱりカエル。
不甲斐なくも尻餅を付いた男は腹筋だけで跳ね起きるや、
階段を駆け上がろうとしていた美人さんの右足にジャンプ一番縋りついた。
カエルの金色夜叉――― そんな映像が置き去りにされた男達の脳裏に浮かぶ。

「離せ!」
「いいえ、離しません」
「離せ、このバカカエル!」

あ、やっぱりカエルで正解なんですね、美人さん。

「私の話を聞いてください、月君!」
「うるさい!お前にそんな権利はない!!
 だいいち、先に連絡を絶ったのはお前の方じゃないか!!!」
「そ、それは‥‥」
「何度電話しても出ないで、やっとメールが来たと思ったら、
 『ホームグランドに帰ります』だと!?
 それは、この僕にはお前の素姓を調べられないという自信の表れか?
 僕にはそんな能力はないと、僕をバカにしての事か!?」
「ち、違います‥‥決して月君の事をバカにした訳では‥‥」
「僕が竜崎をバカにするのは良いけど、お前が僕をバカにするなんて百万年早い!
 絶対!!絶対!!!許さないからな!!!!」
「「「「「(怒るのはそっちかよ!!!!!?????)」」」」」
「月君の啖呵‥‥久々に聞いた‥‥カッコイイ」
「「「「「(‥‥なんか、ここにヤバイ道に走りそうな奴が一人‥‥)」」」」」

その間も当然美人さんの情け容赦ない攻撃は続いていた。
右足首に縋りついたカエルを引き摺ったまま階段を上がろうとしていた美人さんは、
本物のカエルの如く指に吸盤でも付いているのか、階段に張り付いて動かない男に焦れ、
そのカエル顔やら肩やらゲシゲシ蹴って突き落とそうと頑張っている。
うわぁぁっ‥‥ますます金色夜叉。
ダイヤモンドに目が眩んだのは確かお宮の方じゃなかったか?
え?カエルのお宮?美人さんならまだしも、カエルが?
でもって、傷心の美人さんが高利貸しになるのか?
あ、それいいかも!だったら俺、美人さんとこでローン組んじゃう~~~!!
だったら俺は美人さんのローン会社の用心棒だ~~~~~!
俺は会計係!俺は広報係!俺は営業!俺は、俺は、俺は‥‥‥!!!!!
あ、カエルが落ちた。

ごろごろドスン!と、ついに美人さんの蹴りに負けて手を離してしまった男が、
階段の中程から地下室の床へと転がり落ちる。

「ラ、月く‥‥ん」
「ふん!自業自得だ、裏切り者っ!碌で無し!!結婚詐欺師!!」
「「「「「何ですと~~~~~~~!!!!!?????」」」」」

そして、美人さんのトンデモ発言に、成り行きを見守っていた若造達が悲鳴を上げる。

「誰だよ‥‥これからはLビルを拠点に活動します、
 だから一緒にLをやりましょう、って言ったのは!
 それを‥‥たった半月で反故にして‥‥!
 僕の前から姿を消して‥‥そのまま2度と現れないつもりだったのか!?」
「それは‥‥」
「ちょっと父さんに反対されたからって心変わりするなんて、最低だっ!」
「心変わりだなんて!私はただ、引き籠りの私と一緒になったら、
 月君の輝かしい将来を潰してしまうのではないかと思っただけです!」
「だからって姿を隠す事ないだろ、バカッ!
 この僕が、たかが碌で無しの生活能力皆無の社会性皆無の引き籠り探偵の世話ぐらいで、
 にっちもさっちも行かなくなるヤワな人間だとでも思ったのか!バカッ!!
 それこそ、僕をバカにしてる証拠じゃないか!バカッ!!」
「あぁ‥‥耳に懐かしい月君の『バカ』連発‥‥うっとり‥‥」
「「「「「(お前も穀潰しと同類かよ!!!!!?????)」」」」」

美人さんのバカ3連発――― 普通の男なら傷心のあまり失神しても不思議じゃない。
しかし、そこは干上がってもカエル。
原始的な二心房一心室の心臓なだけあってそれなりに鈍感であるらしい。
傷つくどころか何やらその頬に赤みがさし、キモさが2割ほど増した感がある。
逆に美人さんの方がカエルにダメージを与えられず悔しそうだ。

「やっぱり僕をバカにしてる‥‥」
「ち、違います、月君‥‥私は決してそんな‥‥」
「何時も何時も僕を子供扱いして‥‥
 僕は良いよ、って言ったのにキスしかしてくれなくて‥‥!」
「「「「「(何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!?????)」」」」」
「そ、それは‥‥私はただ、月君を大事にしたかっただけで‥‥」
「僕は女じゃない!お前に大事にされたい訳じゃないんだ!!それを‥‥
 どうせ‥‥どうせ僕に胸はないよ、腰だって縊れてない!女でなくて悪かったな!!」
「そんな事!愛に性別は不要です!人種も年齢も、私は気にしません!!」
「でも、知性は必要なんだよね?竜崎の場合」
「「黙れ!穀潰しっ!!」」
「ひぃっ!すみませ~~~~ん!!」

うわぁ~‥‥穀潰しが穀潰しなのは美人さん認定なんだ。ついでにカエルにも‥‥
階段の上でこちらの様子をハラハラしながら見守ってる大男の刑事さんも、
なんか云々頷いてるし‥‥そんなんでいいのか?日本警察。

「愛してます、月君!私には貴方しかいません!!
 今回離れてみて、それがよ~っく!判りました!!
 貴方の真面目で頑固で八方美人でタラシで環境適応率100%でポジティブで、
 健気で一途で綺麗好きで世話好きで大和撫子で内助の功で癒しの女神で、
 怒ったら女王様で口より手が先に出る熱血漢で見た目を裏切る漢の中の漢で、
 放っておいたら人の何倍もよく回る頭で何を仕出かすか判らないやんちゃっぷりで!」
「「「「「(そうだとは思ってたけど、やっぱりそうなのか‥‥美人さん)」」」」」
「そんな優秀すぎるほど優秀な貴方を満足させられるのはこの私しかいないと!
 心の底から思いました!!」
「竜崎‥‥」
「私をバカと言って良いのは月君だけですし、貴方を手錠で繋いで良いのは私だけです!
 愛してます月君!一生愛してます!!だから、結婚してください!!!」
「「「「「!!!!!」」」」」

\(◎o◎)/!な~んで~すと~~~~~~~~~!!!!!?????
これってあれか?俗に言うプロポーズってやつか?そうなのか!?
カエルは相変わらず床にへばり付いてて情けなさ100%だけど、
え?どうして美人さん、顔赤いの?嬉しそうなの?
さっきまでの罵詈雑言は何処へやら、もの凄~く可憐で可愛らしく見えるんですけど‥‥

「竜崎‥‥僕は‥‥」
「あ、それ言ったの2度目だね、竜崎」
「「黙れっつ~とろうがぁぁぁっ!この、人畜無害穀潰し脳天気お荷物刑事めぇぇっ!!」」

今回同時に叫んだのはカエル男と大男の刑事でした。
今にも美人さんがYESと頷きそうだった瞬間、
絶妙のタイミングで合の手を、いや、チャチャを入れた穀潰し刑事。
人畜無害だけど害ありまくりって、どうよ、日本警察。
案の定、我に帰った美人さんが周囲の野次馬に気付き、
更に顔を赤らめさせ逃げるようにして階段向こうへと駆け去ってしまった。

「ラ、月く~ん‥‥!」
「竜崎!早く追いかけてください!!」
「模木さん‥‥」
「局長は私達が押さえますから、この際、既成事実でも何でも作ってください!!
 それが月君の(私達の)幸せのためです!」
「!ありがとうございます、模木さん!!」

既成事実って何だ~~~~~!!!!!?????
それって美人さんがカエルに食われるって事か~~~~~!!!!!????
(美人さんがカエルを食うのは想像不可)

「「「「「させるか~~~~~っ!!!!!」」」」」
「こっちこそ、邪魔はさせん!」

プロポーズで動揺し、生々しい『既成事実』発言にパニクった若造達は、
美人さんをカエルの毒牙から守るんだ!とばかりに二人の後を追おうとした。
しかし、それは大男の刑事に邪魔されてしまう。
一階へと続く狭い階段に体全体で立ち塞がる巨体。
そこへ団子状態で突入する若造達。
後はもう、むさ苦しい男達のおしくら饅頭である。数が勝つか、立ち位置が勝つか。
決め手は萌?それとも恋する男の一念?いやいや、上司に苦労する部下の胃痛?

「「「「「人の恋路の邪魔をする奴は豆腐の角に頭ぶつけて死ね~~~~~!!!!!」」」」」
「馬に蹴られるんじゃないの?」
「ボケてないで加勢せんか!松田ぁぁぁ~~~っ!!」
「え~、僕も下にいるんですけどぉ~」
「下から引き摺り下ろせばいいだろうが!」
「それって、僕にどんなメリットがあるんですかぁ~?」
「月君(私達)の幸せのためだ!」
「月君の、というより竜崎の幸せのためにしか思えないんですけどぉ~。
 僕も竜崎に月君とられるのシャクなんですよねぇ~。
 どっちかって言うと、このまま擦れ違ったままでいて欲しい~、みたいなぁ~?
 ついでにカエルの居ぬ間に局長に媚売って僕の株を上げてみようかとぉ~」
「お前かぁ!局長に二人の事をチクッたのはぁ~~~っ!」
「やだなぁ、チクッただなんてぇ。ただちょっと局長に、
 『最近月が一段と綺麗になったような気がするんだが‥‥
  まさかと思うが、悪い虫に誑かされてでもいるんだろうか』って聞かれたからぁ、
 竜崎に『一生愛す』って告白されたみたいですよぉ、って教えてあげただけですぅ」
「余計な事するんじゃな~~~い!」
「「「「「どすこ~~~~~い!!!!!」」」」」

そして、遂に巨体が敗れた。
嫉妬に駆られた若造達に突破された大男は、無念とばかりに階段下に転がされ、
穀潰しは憐れその下敷きになって悲鳴を上げる。

「あ~、君達。危険な目に合わせてすまなかったね」

しかし、1階には既に美人さんの姿はなく、あわてて外へ飛び出してみれば、
パトカーの向こうでカエル男と何やら言い争っている美人さんの姿が見えた。
それは悲しいかな、どう見ても恋人同士の痴話喧嘩にしか見えない。
ツンツン怒っている恋人に必死に言い訳するヘタレ男。

「確か君は張り込み先のアパートのお隣さんだったね?それと、その友達と大家の次男」

数台のパトカーとそこかしこに立つ警官の姿に、
思わずビビって足を止めてしまった彼らに声をかけて来たのは、
あの金貸しヤクザならぬアフロ刑事だった。その後ろには疲れた顔の眉なし刑事もいる。

「あ~、もしかして君達‥‥月君に‥‥」
「「「「「カエルが‥‥!!!!!」」」」」
「いや、彼はカエルに見えるがカエルじゃなくて、竜崎というれっきとした人間だ」
「「「「「婦警さんに‥‥!!!!!」」」」」
「いやいや、月君は婦警じゃなくてただの学生。
 今回はちょっと訳ありで私達に捜査協力してくれてただけで‥‥」
「その訳がかなり問題な気が‥‥」
「そこは言うな、伊出」
「「「「「プロポーズ‥‥!!!!!」」」」」
「まぁ、そこは何だ。好きになった相手がたまたま男だったと言うだけで‥‥」
「何時からそんなに理解溢れる大人になったんだ?相沢」
「ふっ‥‥あの二人と付き合うには常識の一つや二つ捨てんと、やって行けんからな」
「ハイハイ言う事聞いてるだけの方が、なんぼか楽な気が‥‥」
「俺には刑事としての誇りがっ!」
「その誇りもあの二人の頭脳にかかったら二束三文‥‥」
「松田だ!アホの松田のせいで日本警察全体の能力が疑われるんだ!!
 許すまじ!!!松田ァァァァァッ!!!!」

何やら複雑な事情が垣間見える日本警察。
学生に捜査協力?不純同性交友推奨?え?美人さんって未成年じゃないの?
18歳上ならOK?

「うちの月は未だ19歳だ~~~!」
「「「「「今度は誰っ!!!!!?????」」」」」
「「局長!!どうして此処にっ!!??」」

 


突如響き渡る野太い怒鳴り声。
その新たなる登場人物に周囲の警官達がビシッと姿勢を正し一斉に敬礼する。
そして、刑事達は何やら青い顔をしてその声の持ち主を見ている。

「松田から連絡があった。
 今日、例の現金輸送車同時襲撃犯が捕まりそうだから、
 家出中の月が家に帰るはずだ、とな」
「「(松田ぁぁぁっ!!またお前かぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!)」」
「「「「「家出ぇぇぇっ!!!!!?????」」」」」
「むっ?彼らは?」
「か、彼らは‥‥その、たまたま逮捕現場に居合わせ巻き込まれた一般人で‥‥」
「決して月君に惚れて付き纏っていた害虫ではありませんっ!」
「(伊出ぇぇぇっ!お前もいらん事言うんじゃねぇよぉぉぉぉっ!!)」
「何ぃっ‥‥‥?」
「「「「「(ひぃぃぃぃぃぃっ!何か判んないけど、怖いぃぃぃぃぃっ!!!!!)」」」」」
「!月ぉぉぉっ!!こんな所にいたのか!?」
「!?父さん‥‥!」
「「「「「お父さんっ!!!!!?????」」」」」

正体判明!
突如現れた厳めしい顔つきの壮年男性は美人さんのお父上だった。
そして、刑事達の会話に暫し登場した『局長』であるらしい。
刑事達の態度からどうやら上司らしいとも判ったが、
その怒鳴り声の迫力と、鬼気迫る怒り顔にそこらへん気にしている余裕はない。

「!竜崎ぃぃっ!!カエルの分際でうちの月に何さらしとんのじゃぁぁぁぁぁっ!!」

うわぁ~い!ヤクザ顔負けの脅し文句!これでいいのか?日本警察!

「局長!ここは抑えてっ!また心臓が‥‥!」
「日本警察の威厳が‥‥!」
「「「「「(いや、もう、地に堕ちてる気が‥‥‥‥‥‥)」」」」」
「お義父さん!」
「貴様に『お義父さん』と言われる筋合いはないわ~~~~っ!」
「「「「「(そうだそうだ~~~~~!!!!!)」」」」」
「では、夜神さん!私はもう逃げません!!」
「!き、貴様ぁ~~~、カエルの分際で何を言う気かぁ~~~~!
 あ、あの言葉だけは絶対言わせんぞぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~っ!!」
「「「「「(そ、それって‥‥)」」」」」
「月君を私にくださいっ!必ず幸せにしてみせます!!」
「「「「「(!!!!!言った、言いやがった、カエル‥‥!!!!!)」」」」」
「竜崎ぃぃぃぃぃっ~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!」

刑事二人を体に貼り憑かせ、壮年とは思えぬ力で息子の元へ一歩一歩近付いて行くお父上。
その顳顬にははっきりと青筋が浮かび上がり、目には怒りの炎が燃えている。
そして、年頃の娘を持つ父親なら決して聞きたくないであろうあの言葉を聞くや否や、
その怒りは一気に頂点に達した。
カエルの命運もこれにて一貫の終わり!と思いきや、

「父さん!僕、竜崎と一緒になるから!!」
「!?ラ、月‥‥!」

頑固一徹の父親に当たって砕けろ精神で嫁取り宣言したカエルを押し退け、
美人さんが父親からの巣立ちを宣言!

「な、何を言うんだ、月‥‥お、お前に結婚はまだ早い‥‥
 だいいち、こんな推理するしか能のないぐうたら男と一緒になったら、
 お前が苦労するだけだ!父さんは絶対反対だ!!」

あ~‥‥カエルが碌で無しなのはお父様にも公認なんですね‥‥‥
いったいどれだけヘタレなんだ?カエル。

「確かに竜崎は推理するしか能のないダメ人間だけど、
 それなりに良い所はあるんだ!」
「ラ、月君‥‥(ジ~ン‥‥月君、そんなに私の事‥‥)」
「それなりに良い所があるだと?いったい何処に!?
 少なくとも、良い所が10はなければ私は認めんぞ!!」

うわ~‥‥振り払われた刑事さん達が云々頷いてるよ、おい‥‥

「そんなの幾らでもあるさ!
 頭脳とか頭脳とか頭脳とか頭脳とか頭脳とか、
 頭脳とか頭脳とか頭脳とか頭脳とか金持ちな所とか!!」
「「「「「「「「「「(‥‥‥‥‥え~っと‥‥‥‥‥)」」」」」」」」」」

シ~ンと、一瞬水を打ったように周囲が静まり返る。

「‥‥あの‥‥月君?」

その沈黙に耐え兼ねたカエルが、
お父上の前に胸を張って立ちはだかる美人さんに恐る恐る手を伸ばす。

「とにかく!僕がしっかり手綱を取ってこいつを真っ当な人間にするから、
 僕達が一緒になるのを認めてよ、父さん!
 もっとも、認めてくれなくても、僕は竜崎と一緒になるつもりだけどね!!」

その手をピシャリと叩き落とし、ニッコリ微笑む美人さんに怖いものはなかった。

「ラ、ラララ、ラ‥‥!」
「認めてくれないのならそれでもいいよ。
 駆落ちして父さんと疎遠になるくらい、僕は全然っ!平気だから」
「月ォォォォ‥‥ッ!?」

あ~‥‥お父上の声が見事にひっくり返ってます。今にも泡を吹きそうです。
刑事さんが二人して、
『月君、それ以上局長を虐めないでくれ‥‥』なんて呟いてます‥‥
もしかして、息子様には甘々ですか?初めからお父上に勝ち目はなかった?

「あ、あの‥‥月君。それ以上言ったら夜神さんの心臓がもたないかも‥‥」
「大丈夫だよ。粧裕の花嫁姿を見るまでは死ねないって言ったの、父さんだもん」
「え?でも、いつも、
 『私の目が黒い内は息子も娘も嫁にはやらん!』と仰ってたような‥‥」
「そうだよ。それが何?」
「え?え?」
「僕、嫁に行く気はないから」
「え?私と結婚するんじゃないんですか?」
「は?何時僕がお前と結婚するって言った?」
「え?だって、私のプロポーズ受けてくださったでしょ?
 一億円の婚約指輪も受け取って‥‥」
「一緒になるとは言ったけど、結婚するとは言ってないよ、僕」
「「「「「「「「「「はいぃぃ??????????」」」」」」」」」」

再び周囲に広がる沈黙。飛び交うクエスチョンマーク。
あのぉ‥‥先程の『結婚詐欺』発言はなんだったんでしょう。
今の言い方だと、美人さんの方が結婚詐欺に聞こえるんですけど‥‥

「それに、あの指輪は慰謝料代わりに受け取っただけだし」
「‥‥慰謝料‥‥」

うわぁ~~‥‥結婚詐欺ならぬ慰謝料詐欺?

「お前、キラ事件で僕にどれだけ迷惑かけたと思ってるんだ?」
「そ、それは‥‥」

は?キラ事件?
え?キラ事件って、あのキラ事件?
1年前、探偵Lによって解決した『凶悪犯連続殺人事件』?
あれって確か、被疑者死亡としか発表されてなかったような‥‥
それと美人さんがどう関係するの?
ってか、このカエル、何者?

「だいいち、僕は男だよ。男の僕がどうして男と結婚するんだよ」
「それは、愛があれば性別なんて‥‥」
「あはははは!お前の場合『種族の壁』だろ?」

さり気に毒舌です、美人さん。
でも、素晴らしく爽やかで清々しく且つ!キラキラ輝いた笑顔です、美人さん!!
惚れ直します!!!美人さん!!!!
女王様って呼んでも良いですか~~~~っ!?

「月‥‥つまりお前は、竜崎と結婚する気はないんだな?」
「当り前じゃないか、父さん。僕は男だよ。
 ただ、竜崎が一緒にLをやろうって言ったから『うん』って答えただけだよ」
「!そ、そうか‥‥!」

L‥‥‥‥‥‥‥‥はてぇ?今、何やら聞いてはいけない単語を聞いたような気が‥‥

「大丈夫。僕が一緒にいる限り竜崎に仕事の選り好みはさせないし、
 捜査の依頼料でぼったくりもさせない。
 食事はもちろん生活全般僕が管理して、向こう50年はLとして働かせるから。
 大船に乗ったつもりでいてよ、父さん!」

それってどんな船ですか?美人さん‥‥
Lって、やっぱりあのL?うわぁ~、何だか急にカエルに同情したい気分に‥‥

「ははははははははははっ!流石は私の息子だ、月っ!!」
「‥‥も、もしかして私、とんでもないアバズレに引っ掛かったのでは‥‥」
「うふふふふ‥‥今何か言った?竜崎」
「い、いえ‥‥月君と一緒になれて私は幸せだなぁ、と」
「そうとも、竜崎!うちの月は三国一の花嫁だ!!
 その月と一緒になれる喜びを神に代わって月に感謝しろ!!!」
「「局長‥‥」」

つまり、お許しが出た訳ですね‥‥

「ありがとう、父さん」
「‥‥ありがとうございます、夜神さん」
「月!世界平和のためにも馬車馬の如く竜崎をこき使え!!」
「任せて。新世界の創造目指して頑張るよ、僕」

先程までの怒りは何処へやら大喜びしているお父上とは逆に、
結婚という名の地獄に叩きこまれた男の悲哀一直線な顔をしているカエルが1匹。
あ~、結婚じゃないのか?ただの仕事のパートナー?
う~、でも、何時の間にか美人さん、カエルと手ぇ繋いでるし‥‥
やっぱりそう言う事?仕事仲間、その実、中身は結婚同然?
ってか、新世界って何ですか?美人さ~ん!?

これにて一件落着!

 


その後、後の事は部下に任せて意気揚々と帰って行ったお父上、いやさ局長様。
あんまりな展開に思考回路が停止した貧乏学生&チンピラヤクザは、
現場検証に残った警官や鑑識の人間達でざわつくその場から追い出され、
警察の大型バンに乗せられ各々自宅へと送り届けられる事となった。
それでその日は終了。
後日改めてアフロ刑事(相沢というらしい)が代表して彼らに謝りに来た。
その刑事が語るには―――

カエルも一応刑事であるらしい(ホントかよ)。
で、お父上は刑事局長(偉いさんだ)、美人さんはその長男。
潜入捜査が仕事(嘘つけ)のカエルとお父上繋がりで親しくなった美人さんが恋仲になり、
それがまぁ、同性だとか年齢差(10歳近く離れているそうな)だとかあって、
お父上の逆鱗に触れ(穀潰しがチクッたんだな)一旦はカエルが身を引いたが、
それが却って美人さんのプライドを傷つけ(女王様だもんな)、
カエルの鼻を明かしてやる!と(え?どんな流れ?)、
未解決事件になりそうだった『現金輸送車同時襲撃事件』解決に美人さんが乗り出し、
見事犯人を割り出しお父上の部下をこき使い(可哀そうに)今日に至ったらしい。
そう言う訳で、穀潰し従兄弟もアフロも大男も刑事で、
アパートに引っ越して来たのは向かいに住んでいた犯人を見張る為だったと。
表札が『竜崎』だったのは、つまりはそう言う事。
同棲(違うと言ってくれ!)寸前にトンズラした男への意趣返し?
はたまた、早く一緒になりたいと言う願望?
とにかく、事件を解決したら晴れて堂々とカエルに三行半を叩き付けるつもりだったそうな。
その心理が凡人にはよく判りません、ごめんなさい美人さん(お仕置きは素直に受けます)。
可愛さ余って憎さ百倍ってやつでしょうか‥‥

あ~‥‥そんな訳でぇ~。
何でもあのオタク大学院生の祖父が現金輸送を請け負っていた警備会社の会長で、
そのコネもあってPCオタクだった奴は警備会社のホストコンピューターにハッキング、
現金輸送車の集金ルートや無線の周波数等の情報を調べ、
ネットで実行犯を募り銃を買い、3台の現金輸送車を同時に襲わせたのだそうだ。
その時既に、PCオタクの大学院生はアドレスから実行犯達の素性を探り当てており、
奴はそれを餌に金の持ち逃げ防止策として奪った金を一旦隠す事を主張した。
その隠し場所であるレストランも祖父が経営していた物だったそうだ。
あの7つの鍵の半分は後から奴が取り付けた物らしい。
で、嵩張る小銭だけその場で分配、札端の方は奥の金庫に保管。
一応、錠前と鍵は実行犯の6人自身に用意させた(一番大きな物を指定)物だったので、
彼らは7人揃わなければ金は取り出せないと信じたらしい。
しかし、隠し場所がオタクの既知の場所となれば抜け道はいくらでもあると言うもの。
案の定、地下ワイン倉庫にはもう一つ出入り口があり(大きな戸棚で塞がれていた)、
鉄格子はとっくに壊れていて、コツさえ知っていればすっぽり外す事が出来た。
当然金庫は祖父の物でオタクは合鍵をバッチリ持っていた。
カラクリを知ってしまえば呆れるしかない杜撰さである。
(簡単に引っ掛かるなよ、おい。頭使えよぉ~)
そうしてまんまと金を一人占めしたオタクは大学にも行かず引き籠り生活を満喫していた。
そこへ、現れたのが美人さんだ。

アフロが言うには、美人さんはオタクの後輩に当たるそうな。
犯人は警備会社の関係者、という線から捜査していた美人さんは、
事件が起こる更に半年前、オタクが警備会社を訪れていた事を突き止め、
(就職活動でも何でもなく、全く意味のない訪問だった訳で)
奴を怪しいと睨みオタクのPCにハッキング、
ネットで実行犯を募った証拠を掴み7人全員の割り出しに成功したのだそうな。
(美人さんのハッキングの腕前って‥‥止めよう、考えないでおこう)
しかし、そのうちの2人は行方が判らず、どうせなら一網打尽にしたいと罠を仕掛けた。
それがまぁ、色仕掛け(え?)だったのは、若さゆえの過ち‥‥としておこう。
とにかく、同じ大学の先輩後輩のよしみで仲良くなった(何時の間に?)二人。
美人さんは実行犯の一人にオタクの情報を流す一方で、
オタクには盗んだ金を使わせるよう仕向け(流石です、女王様)、
そうしてあのドタバタ劇になったと云う次第だ。
ちなみに、アフロ刑事が穀潰し(松田刑事)と会っていたのは軍資金を渡す為だったらしい。
(借用書と思っていたのは経費の請求書)
で、大男(模木刑事)はカエル側で、そうは見えなかったが美人さんの護衛だったそうな。

「あ~、とにかく。今回の事は忘れてくれると助かるんだが‥‥
 当然、口外して貰っては非常に困る訳で‥‥
 困るのは警察の名誉がどうのこうのと言うよりは、君達自身で‥‥」

ボロアパートの一室に集まった貧乏学生&チンピラヤクザを前に、
擦り切れた畳に直に正坐するアフロ、いやさ、相沢刑事。
持参した菓子折を皆して摘み、ペットボトルの緑茶を啜り、
大きな溜息をつきガクリと項垂れる姿に中間管理職の悲哀がヒシヒシと‥‥

「うちの局長もそうだが、それ以上にカエルが嫉妬深くてな‥‥」
「「「「「‥‥はぁ‥‥」」」」」
「月君の事になると、そのぉ、何だ。ますます人間離れ、いや、非常識になって‥‥」
「「「「「‥‥そんな感じですね」」」」」
「なにせ、恋にとち狂って思い人を監禁したり手錠で繋ぐくらい平気でやる男だから」
「「「「「‥‥‥‥それって‥‥‥」」」」」
「まぁ、相手が月君だったから、丸く収まったんだが‥‥ははは。
 慰謝料請求で財産の90%は月君名義にすると誓約書を書かせたらしい」
「「「「「(マジかよォォォ~~~~~!!!!!)」」」」」
「そんなカエルだからね。
 ちょっとでも今回の事が世間に知れたら、君達は日常生活とオサラバ?」
「「「「「えぇぇぇぇぇ~~~~~っ!!!!!?????」」」」」
「コンクリート詰めで東京湾の底とか未だましな方?
 気付いたら砂漠のど真ん中とか、戦場のど真ん中とか、十分あり得るから」
「「「「「警察が一般市民を脅迫するのかっ!!!!!?????」」」」」
「いや、やるのは竜崎で‥‥大丈夫、
 君達が今回の事を墓場まで持ってってくれれば、何にも起きない筈だから」
「「「「「はずぅぅぅぅぅ~~~~~!!!!!?????」」」」」
「月君も、日頃は女神の如く優しいからね、うん。
 時々、女王様モードに突入‥‥あ~、ははは、今のは忘れてくれ」
「「「「「(決定権は美人さん!!!!!?????)」」」」」
「君達が就職する際には、出来る限り協力するから!頼む!!」

そんなこんなで全てを有耶無耶にされた貧乏学生&チンピラヤクザ。

「足を洗いたかったら何時でも言ってくれ」

特に大家の次男には警察庁の全面的バックアップが約束された。

「いったい何だったんだろう‥‥」
「そりゃぁ‥‥犯罪が一つ解決したって事だろ」
「キラ、いなくなっちゃったもんなぁ‥‥」
「もう、1年前だっけか?」
「キラ、いた方が良かったんじゃねぇ?」

アフロが帰り、食べ散らかした茶菓子を前に脱力する若造達。

「「「「「あのカエル‥‥やっぱりLなのかなぁ‥‥」」」」」

一瞬互いに目と目を見交わし押し黙る。
マジで、この秘密は墓場まで持って行かなくてはなるまい。

「あの後美人さん、カエルと手を繋いでリムジンに乗り込んでたな」
「何時の間に来てたんだよ、リムジン」
「髭の紳士がでっかいダイヤの指輪持って待ってた」
「嬉しそうだったな、美人さん」
「綺麗だったな、美人さん」
「「「「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」」」」

「「「「「やっぱ、カエルと結婚すんじゃねぇかよぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」

騙されてます!お父上~~~~~~~~っ!!!!!
と、叫んでも後の祭りである。

 


真実はいずこ!?と思っても、
Lの名にビビりまくる小市民な貧乏学生&チンピラヤクザに何が出来ようか。
大丈夫、一年もすれば良い思いでさ!
なにせ、若さだけが取り柄なんだから!!
金はなくとも情熱だけは安売りするほどあるぜ!!!
美人さんの笑顔を青春の思い出に、明日を強く生きてくれ!!!!
頑張れ、若造!!!!!

 

 

 

※キラ事件解決1年後のお話でした。
 キラ事件の顛末は『年に一度のおまじない』の設定を流用してます。
 月にキラの記憶はありません。事件の真相は火口犯人で終わってます。
 デスノートの事も死神の事も誰にも知られていません。
 海砂は月を諦めました。
 レムのノートの所有者になり、その所有権を捨てる事で記憶を失いました。
 今は月の一番親しい女友達で恋の相談相手です(笑)。
 事件解決後も日本に残った竜崎は例のビルで仕事を続けてました。
 月は大学に復帰、Lビルに入り浸り二人の仲は恋人関係に。
 ただし清く正しい関係でした。総一郎パパが目を光らせていたので。
 でも、意を決して竜崎こっそりプロポーズ。月、承諾。
 二十歳になったらLビルに引っ越す予定でした。
 それを松田がペロッとパパに言っちゃって、パパ怒髪天!
 竜崎、考えた末に身を引きます。今度は月激怒!
何気にプライド高い月。自分が振られるなんて有り得ない!と女王様モード発動。
竜崎を見返してやる!と未解決事件解決に乗り出します。
自分がLを超える探偵になって、竜崎を廃業に追いやってやる!ってな感じです。
でも、何だかんだ言っても竜崎が自分を忘れられる筈が無く、
何処かで見ているだろうと踏み(この辺りはかなりの自信家月君)、
自分が無茶をすれば飛び出して来るに違いないと、確信犯。
えぇ、あれは全部計算尽くです(笑)。
貧乏学生&チンピラヤクザはダシです(笑)。
とにかく、こうして全て丸く(?)収まりました。
パパ、息子に騙されてますが、息子、幸せなんだから諦めてください。
当然ながら竜崎は月の尻に敷かれてます。ワタリさん楽隠居です。
あ、何時も通りか。めでたしめでたし!
 

 

 

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