嬉し恥ずかしお誕生日


※原作の時間軸と微妙にずれているのはお約束

 

 

誰にも言った事はないが、10月31日は竜崎こと世界の切り札探偵Lの誕生日である。
正真正銘、神に誓って本当である。
誕生日が判ったからと言ってLの正体がキラこと夜神月にばれるとは思っていない。
思ってはいないが、何と無く秘密にしてしまうのは、
『秘密は男の魅力の一つ』などと思っているからでは決してない。
ないったらない!絶対ない!!ないんですってば!!!
(秘密だらけのくせに今更何だ)
それでも、その日が近づくにつれ竜崎の小さな胸はある想いに苦しめられていた。
(は?小さな胸?心臓に毛が生えてる奴が何を言う。
一心房一心室のくせに。あ、ごめん、それって魚類だった。ハハハ!)

「私‥‥私の誕生日を月君に祝って欲しいです」
「では、告白なさいますか?来たる10月31日がご自分の本当の誕生日であると」
「そ、それはできません。
 Lの情報を今は記憶がなくともキラである月君に自ら流すなんて‥‥」

はにかむ様にモジモジと身悶えるLの意味深な視線に、
あぁつまり、自分から言うのは問題ありだが、
他人の口から洩れるのは構わないと、そう言うことですか。
と、あっさり見破った忠実なる執事にしてスーパーアシスタントワタリ。
ホッホッホッ、間違っても洩らしませんからご安心下さい、
と深い皺の陰で皮肉っぽく笑って返す。
ニブチンワタリのイケズゥ!と、
ガクリと項垂れるLがその笑みに気付けるほど彼はまだ人生経験が足りなかった。
ワタリに比べれば、まだまだ全然だ。

「あぁぁ~!でもやっぱり祝って欲しいです~~~!月く~ん!!」

24時間愛しい人と手錠に繋がれた幸せいっぱいな生活。
しかし、思い人はもの凄い照れ屋で潔癖症。身持ちの固さは天下一品!
『僕の疑いが晴れてキラ事件が解決するまで清い関係でいよう』なんて、
キラキラ輝く笑顔で言われたらウンと頷くしかないではないか。
(いやいや、そんな事言ってないから僕。
そりゃぁ、ちょっとセクハラへのお仕置きがきつ過ぎたかと反省して、
赤くなったホッぺにチュッ、くらいはしてやったけど。でも、全然言ってないから!)
我慢して我慢して、スッキリするのも一人トイレの中と決めてはいるけれど、
だったらせめてメンタル面だけでもフォローして欲しいというものだ。

「では、思い切って告白なさいませ。
 月様に信じて頂けるかどうかは別にして、
 いえ、月様のことですからLの心を籠めたお言葉にはしっかり気付いて下さると、
 このワタリ信じておりますが。
 まぁ、何ですな。周囲は絶対信じはしないでしょうな」

特に最近の夜神総一郎は信じないに違いない。
刑事の彼は信じても、父親の彼は信じない。
年頃の息子を持った子煩悩な父親の、それが本能。

「クゥゥ~~~!こんな時、こんな時こそ!あれが利用できたなら~~~!!」

 


Lが言う所の『あれ』とは、
夜神月(非)公認ファンクラブ『関東お月見会』の人気No.1コーナーの事だ。
その名も『夜神月の手作りバースデーケーキを貴方に』である!!!
それは毎月一人抽選で選ばれた者に月手作りのバースデーケーキが送られてくるという、
涙と涎と、ついでに言葉では言えないナニ(だからセクハラ発言はよせと言ってるだろ!)が、
ダダ漏れで滲み出そうな、すこぶる!高倍率なコーナーである。
申し込みは誕生月の2か月前から。もちろん、全員がこのコーナーに応募する。
当り前だろう。あの夜神月の手作りケーキが食べられるのだから。
しかも、製作風景のスナップ写真付きである。
噂によれば、その時着用のエプロンもオマケに付いてくるらしい。
ただし、こいつならHな事に使いそうにない、と『名誉会長』が判断した時に限りだ。
とにかく、そうしてラッキーにも当選した会員の感激感涙の言葉が、
毎月1万字以上に渡って延々と掲示板に書きこまれるのは正に圧巻である
それを読むだけの連中には『羨ましい~~~~!!!』の一言だ!!
そして当然、まだ当選した事のない会員は来年こそは!と燃えるのである!!
また、バースデーケーキには予め注文をつけることが可能だ。
ケーキに限らず、クッキーでもプリンでも饅頭でも何でもOK!
チョコのメッセージだってリクエストできる。
むしろ、難しいレシピほど完璧主義の月は燃えるので狙い目かもしれない。
ちょいと値の張る物も材料費さえ自腹を切れば快く作ってくれる。
ただし、作業場は『名誉会長』宅。
なにせ花嫁修業中(職業家事手伝い・一応良い所のお嬢様なので)の、
名誉会長の上の姉(一美・仮名)が、
何だかんだと騙くらかして月に作らせているのであるからそれは当然だ。
従って名誉会長宅のキッチンにない調理器具が必要なリクエストは、
すげなく却下され抽選さえしてもらえない。
あらかじめ名誉会長宅の調理器具は公表されているので、事前チェックは必須である。

「はぁ‥‥月君の手作りバースデーケーキ‥‥食べたいです」

毎年この素晴らしいプレゼントに有りつけるのは僅かに12人。
『夜神月の手作りバレンタインチョコをもらっちゃおう』コーナーを加えても13人だ。
ちなみにバレンタインチョコへの応募は実に倍率300倍!
いや、来年は500倍!!メチャクチャ高い!!!
それはそうだろう。会員全員がその日目指して応募するのだから。
たとえそのチョコが妹におねだりされて作ったチョコの余り物だとしても、
月の手作りには違いない。
しかも、ラッピングは『月仕様』と妹嬢によって保証されているので、
開ける時の楽しみというものがある。
気分は夜神月の服を一枚一枚脱がして行く‥‥‥(黙れ!変態!!)ゲフンゲフン。
と、とにかく、他の私設ファンクラブとは一線を画するのが『関東お月見会』だ。
なにせ、当人の家族と名誉会長の家族がバックアップしているのだから特典が他とは断然違う。
名誉会長の厳しい人選をクリアして入会した甲斐があるというものだ。
ここだけの話、夜神家と山元家の女性陣は、
サイトに寄せられる熱い男達のそのうち一線越えそうな愛のメッセージを茶うけに、
大盛り上がり(大笑い)するのを密かな楽しみとしているらしい。

「し、しかし、今月君は公には駆け落ち中。行方不明です。
 当然ながら各コーナーは無期限休止。
 しかも、会に登録した私のプロフィールは嘘も大嘘、誕生日も別の日になってます」

そんな素晴らしい『関東お月見会』だが、今は悲しみの坩堝に浸っている。
会員全員が嘆いている。
原因は全てカエル探偵にあるのだが誰も知らない。流石の名誉会長にも判らない。
そして、いつもなら夜神月を熱烈独占中の変態ヘタレ探偵は、
サイトにアクセスするたび密やかな優越感に浸るのだが、
今回ばかりは話が違った。

「業突く張りの山元に袖の下を渡して権利を勝ち取っても、
 10月31日にケーキを貰えません。
 あぁ‥‥!こんな事なら嘘の誕生日なんか書くんじゃなかった~~~!
 拉致監禁(認めるのか?認めるんだな!?)は、
 私の誕生日が過ぎてからやるんでした~~~!!!」

それで良いのか世界の切り札?そんな理由で容疑者を泳がせていいのか!?あぁん!!??
実を言うと、Lビルに軟禁中の月は時々自らキッチンに立つことがある。
理由は和食が食べたいから。スィーツと洋食が専門のLの偏食振りに辟易してのことだ。
そして、そのご相伴にLも与っていたりする。
つまりLは、月の手作り料理を堪能済みなのだ。
だが、残念ながら月の手作りお菓子はLビルではまだ食べた事がない。
(月の作る菓子は洋菓子もいいが、和菓子がとにかく絶品だ!
 上品でしつこくない甘さが私には丁度いい)
(貴方の味覚はどうでもいいです、お義父さん)
(気様にお義父さんと呼ばれる筋合いはな~~~~い!!!)
と言うのも、もともと月は甘い物がそんなに好きではないし、
Lのおやつはワタリが用意しているからだ。当然、毒見済み。
(ちなみに月が料理を作っている間はLが自ら監視している。
 カエルのつまみぐいも計算済みで量を測る月は流石である)
何もしないでも有名パティシェが作ったスィーツが目の前に出てくるのに、
月がわざわざ作る必要はない。
何度かおねだりしたが『どうして僕がお菓子まで作んなきゃいけないんだ?』と、
けんもほろろに断られてしまった。
日頃の行い(セクハラ)が悪いと損をするという典型だろう。
そう言う訳だから、月の手作りバースデーケーキを、
Lが食べられる確率は限りなくゼロに近かった。
正直に言えば優しい月の事、
喜んで(そんな訳ないだろ)ケーキを作ってくれると判っちゃいるが、
そこは謎の探偵、追う者と追われる者、なかなか状況が許さない。
(ただ単に悲劇のヒロイン気分に浸っているだけだろ?バカバカしい)

「月君の手作りバースデーケーキ~~~~!!!!」

そんなこんなで、今夜もおバカな探偵の妄執の塊のような叫びがカエルの心の中で木霊する。
他に漏れないのがミソだが、いつ口を吐いて飛び出してもおかしくないほど、
セクハラ探偵は煮詰まっていた。もはや限界寸前!爆発5秒前!!
そして―――

 


「ずるいです、月君」
「は?いきなり何?竜崎」

目の前のシンプルな苺のショートケーキを、
銀のフォークで突き崩していた爬虫類顔の妖怪探偵がいきなりそんな事を言い出したら、
云われた当人のみならず周りの誰もがそう思うだろう。

「ずるいです、ずるいです、ずるいです」
「えぇと‥‥」

天辺に乗っていた苺は転がり落ちて床の上。
白くまったりしたクリームは皿から溢れてテーブルを汚し、
間に挟まっていた苺はかろうじて皿の上だがフォークで見るも無残に穴が開いている。

「何がずるいのかな?竜崎。
 今日はハロウィーンだし、久しぶりに捜査を頑張ったみたいだから、
 特別に!ケーキを1個追加してあげたはずだけど?」

確かにLは苺のショートケーキを食べる前に既にケーキを1つ腹に納めていた。
10月31日、ハロウィーンにちなんだパンプキンパイをワンホール。
他の皆に午後のおやつが行き渡る前にペロリと平らげてしまった。
相変わらず甘味には目のない男である。今までよく糖尿病にならなかったものだ。
24時間手錠生活が始まった1週間後には、
鶴の一声ならぬ月の一声で規制がかかった竜崎の甘味摂取量。
逸早くワタリと結託した月の躾はまさに飴と鞭!
この一夏で竜崎の食生活はかなり改善された。
もちろん甘いもの大好きカエルこと竜崎が、死ぬより苦しい(?)拷問に耐えられたのは、
その日一日我慢できたら、ご褒美として寝る前に『お休みのキス』をして欲しいと、
ごねてごねてごねまくったオネダリを渋々月に聞いて貰えたからである。
以来、竜崎は頑張った!
初めのうちこそ3日に1回は禁断症状が出て、
松田にこっそりスィーツを買いに走らせてはあっさり月に見つかり、
おやつを『梅干しのおにぎり』に変えられただけでなく、
当然、キスはお預けなうえに鎖を目いっぱい伸ばしてベッドの下で寝させられるという、
枕が涙でグチョグチョになるくらい悲しくも悲惨な夜を体験させられてからは改心した。
(こっそりベッドに上れないよう私の開いていた左手に長さ1センチの手錠を嵌め、
 ベッドの足に繋いでくれたのはワタリでしたね‥‥あぁ、今となっては懐かしい思い出です)
(そんな恥ずかしい体験を懐かしむな!)
そうして、月の厳しいお仕置きは残暑の頃には1週間に1回までに減り、
なんと!10月になってからは未だ1度も実行されていないのである。
(やれば出来るじゃないか、竜崎)
(はい!私頑張ってます!健康街道まっしぐらです!
 長生きして、一生月君に楽をさせてあげます!!
 ですから私の嫁に‥‥‥ホゲッ!!)
(ハハハ、くだらない冗談は嫌いだよ)
とにかく、これを素晴らしい進歩と言わずして何と言おう。
若干、躾というより調教じみてはいるが、
生活習慣改善は確実になされたのだから良しとすべし!

「でも、このケーキもパイも月君の手作りではありません。
 私、久々に月君の手作りケーキが食べたいです」

ズズッと月の方へ押しやられた皿の上の可哀そうなケーキは確かに月の手作りではない。
というか、月はLビルに籠ってからただの一度もケーキを焼いていない。
それはそうだろう。キラ捜査が忙しくてそんな暇なんかなこれっぽっちもなかったのだから。
今日はたまたま、たまたま!ワタリが立派な恵比寿南瓜を仕入れて来て、
たまたま、何となくお菓子が作りたくなって、
(あぁ、そう言えば‥‥
 去年のハロウィーンも粧裕におねだりされてパンプキンプリンを作ったっけ‥‥)
ちょっとワタリさんにお願いしたらチクリとLのお尻に麻酔を打ってくれて、
久々鎖からも卑しんぼなカエルからも解放されて、快適な気分でキッチンに立っただけだ。
手の込んだ物は作っていない。作る余裕はなかったし、時間をかけるつもりもなかった。
ちょっとLを真似て松田さんを使いっ走りにし白玉粉を買いに行ってもらったが、
とっても簡単お手軽おやつしか作っていない。
父に合せて和菓子にしたのは、日頃からLに苦労させられている様子が痛々しかったから。

「以前はよく作って下さったのに‥‥月君のケチ」

そんな事をぼんやり考えていたら『ケチ』なんて言葉がLの口から飛び出し、
何となくカチンと来た。

「竜崎‥‥」

ケーキね、ケーキ。ふ~ん、僕の手作りケーキが食べたいって?
ハハ、な~に言っちゃってるかな?このカエルは。
そもそも、僕にケーキを作らせなくしてるのは何処の誰だ?
こんなところに閉じ込めて手錠で繋いでるのは。
まぁ、たとえ作れたとしても碌で無しカエルに作る気ないけどね。
フフ‥‥ハハハ!僕の手作りケーキが欲しかったらちゃんと仕事しろ!

「あぁぁ、ラ、月君。今、何やら懐かしい雰囲気が。
 何かこう、黒~いオーラが私に向かってグサグサ漂って来たような‥‥」
「それ、正しい日本語に直してもう一度言ってみてくれないか?」
「言ったらケーキ、作ってくださいますか?」
「ふふふふふ、山葵ケーキなら作ってやらなくもない。
 スポンジに摩り下ろし林檎ならぬ下ろし山葵をたっぷり混ぜ、
 クリームには山葵の絞り汁を檸檬汁の代わりに入れ、
 締めのトッピングにはふんだんに!葉山葵を乗っけてやろう。
 きっと死人も嬉し涙で目を覚ますとびっきり刺激的な、
 フレッシュグリーンの綺麗なケーキが出来上がるぞ」
「‥‥‥1年後に考えてみます」

ちなみに今は皆で仲良く休憩中だ。
Lだけでなく月も総一郎も、松田も相沢も模木もおやつを食べている。
ミサは映画のロケから帰ったばかりでグッスリお寝んね。
もちろんミサの分は冷蔵庫にとってある。
カエルには厳しいが、女の子にはとっても優しい月だ。

「竜崎、あんまり我儘言うと、流石の僕でもフォローしきれなくなるよ。判ってる?」
「我儘ではありません。これはささやかな希望です。だって今日は‥‥」

最後の方は声が小さくてよく聞き取れなかったが、月も他の誰もあまり気にしていない。

「希望ねぇ‥‥‥お前、
 わざわざ!ワタリさんが足を運んで買って来てくれたケーキに文句つけるのか?」
「ギクッ‥‥」
「確かこの店のケーキは竜崎の大好物だったよね?
 片道1時間かかるし、長蛇の列が付く限定品だよね?」
「そ、そそそ、それはそうですが。
 言い直します。ケーキに関しては何の文句もありません。ただ‥‥」
「ただ何?」

月の言葉に紅茶のお代りを用意していたワタリから、
そこはかとな~く立ち昇った殺気を敏感に察知したLが、
慌ててそうフォローするも時既に遅し。
きっと竜崎の明日のおやつは、とびきり辛い『柿の種』に違いない。
そんな予想を立てながら『バカな竜崎』と月がそっと溜息をつきつつ口に運んだのは、
月が午前中に作って冷蔵庫で冷やしておいた、ちょっと季節はずれの和風スィーツ。
いや、ハロウィーンにピッタリな、南瓜餡白玉団子のフルーツソースがけだ。
ぱくっ、もちっ、つるりん、ごっくん。
さくらんぼ色の唇に銜えられ、真っ白な歯で噛み千切られた黄色い白玉団子が、
月の艶めかしい喉を上下させて胃袋に消えていく。
それをずっと目で追っていた竜崎の余りにさもしげな表情に、
日本の奥ゆかしい刑事達が、
思わず自分の分をその視線から隠してしまったのは仕方がない事だった。

「あぅぅ~~‥‥た、食べたいです~~~」
「アハハハ!竜崎ってば、まるっきりパブロフの犬ですね。みっともない涎!」
「黙れ、松田ぁ!ってか、お前の分を私に寄こしなさ~~い!」
「嫌ですよぉ。これは僕が月君にもらったんですぅ~~」
「己ぇ~、松田の分際でぇ~~!」
「うわっ!バカ!こっちに来るな、松田!」
「シッシッ!あっちに行け!零れるだろ!!」
「酷いですぅ~~!相沢さんも模木さんもぉ~~~!」

某魯山人のレプリカだという和食器に盛られた月手作りのスィーツを巡る、
カエル探偵と日本男児の勇ましくも浅ましい、はっきり言って見っとも無い攻防。
総一郎だけは一人平然とお茶を啜っているのは、
自分の分をLが取れば月が黙っていないと知っているからだ。
(父さん。お茶のお代わりはどう?)
(うむ。もう一杯煎れてくれるか?月。熱くて渋いのを頼む)

「えぇい!こうなったら一口で‥‥!」

狭い捜査本部のメインルームでは、飢えたカエルから逃げるのは非常に難しい。
そう判断した刑事達が、喉につっかえる事覚悟で団子を呑みこむ。

「ぎゃぁぁぁぁ~~~!月君の手作り団子が~~~~~~~!!!」

みすみすカエルに奪われてなるものか!という涙ぐましい、しかし、情けない決意の表れは、
そのカエルに引導を渡す結果となった。
響き渡る悲しみの悲鳴ははっきり言って聞くに堪えない。

「いい加減にしろ、竜崎。白玉団子なんか贅沢に慣れたお前の口に合うわけないだろ。
 しかもキャロットケーキならぬ、南瓜団子だぞ。
 最後まで食べきる自信はあるのか?
 言っておくけど砂糖は1グラムも入れてないよ。
 甘味は南瓜の甘味だけだから」
「金額の問題ではありません。甘味なぞフルーツソースを目一杯!かければ克服可能です」
「糖分制限の意味がないだろ!却下!!」
「酷いです、月く~ん。私にも貴方の手作りお菓子をください~~~!」
「見事キラを捕まえた暁にな」

それって何時ですか?キラは貴方なんですから一生無理じゃないですか―――

「うぅぅ‥‥酷いです。月君は横暴です、カカァ天下です。
 飴と鞭と鞭と鞭と鞭です。女王様です」

僕はお前の奥さんになった覚えはないし、女王様でもない!と、
月に一喝され無表情にガクリと項垂れるL。

「何ですか、いつもいつも私ばっかり苛めて‥‥
 毎月毎月図々しい女に騙されて、
 顔見知りってだけの相手に美味しいケーキをご馳走してやってるくせに。
 妹さんにせがまれて大量にチョコも作ってるくせに。
 それなのに、将来の伴侶であるこの私には、何にも作ってくれないんですね?」

失意の余りつい口を滑らせたとある事実を耳聡く月が聞きつけた。

「毎月何だって?」
「え?」

ユラ~リ――― 何やらワタリに通じる殺気が月から立ち昇る。

「竜崎‥‥」
「な、何でしょう‥‥月君」

何だかとっても嫌な予感にLの背中を冷たいものが流れ落ちる。

「確かに僕は月に一度、友人宅で、友人の、
 いつまで経ってもちっとも料理の腕が上がらないお姉さんに付き合わされて、
 何でだか知らないけれどスィーツ作りに協力させられている‥‥」

おや、そうだったのか?私は知らなかったぞ。もしかしてその友人と言うのは‥‥‥
父さんはちょっと黙ってて。
わ、判った‥‥‥
あぁぁ、お義父さん!そこで引っ込まないで‥‥‥!

「何で僕が、と思わなくもないが、
 僕はやろうと思えば何でも出来ちゃうくらい器用だからね。
 お隣のよしみもあるし、料理もお菓子作りも新手の理科の実験だと思えば楽しいし」

うわぁ、お菓子作りが理科の実験?流石は月君。
松田さん。茶々を入れないでください。
は、はい‥‥女王様‥‥‥
最後の女王様も余計です。
松田ぁ!この役立たずぅぅぅ!!

「出来上がった物を美味しいと言って母さんや粧裕が食べてくれれば、
 作った甲斐があるというものだし。
 それに材料費は全て向こう持ちだったからね。
 僕のお菓子がどう利用されようと文句は言うまい、と思ってたんだ」

結構割り切ってるんだな、月君。
相沢さん。先月貴方から提出された必要経費ですけど、
水増し請求分は奥さんの所に回していいですか?
そ、それだけは~~~‥‥‥!!
聞きましたか?ワタリ!相沢さんは今月減俸です!

「たぶん、お姉さん達のかしましいお友達の腹に消えるか、
 男を引っ掛けるのに利用されるぐらいだと判ってたからね。
 あんな物で金儲けしようだなんて悪い事を考える人達じゃないし、
 そもそもあんな物で金儲けなんかできないし」
 (いえいえ、別の意味で悪用してますから、あの人達)

あぁ、判った。その友人って、同じ高校出身の、ご近所さんの山元君‥‥‥
僕を尾行してたの、やっぱり模木さんだったんですね。
あぁぁっ!私の方を見ないでください、模木さん!!
いえ、別にいいんです。全然気にしてませんから。ちっとも全く根に持ってませんから。
むしろ松田さんでなくて良かったなって、思ってますから。
ねぇ、竜崎?フフフフ‥‥‥
く、黒いです‥‥‥月君の頬笑みが懐かしいくらいに黒いです‥‥‥ゾクゾクします‥‥‥!

「でも、何でかな?竜崎の口ぶりだと、
 その毎月作ってたお菓子の行き先まで知ってるみたいなんだけど。
 どうしてかな~?」
「え、ええと‥‥」
「別に今時男が台所に立っても恥でも何でもないし、
 親しい友人は僕が料理できるって知ってるから特に隠す必要もないんだけど。
 でも、お菓子作りは料理とちょっと意味合いが違うだろ?
 だから件の友人とそのお姉さんには、もちろん母さんや粧裕にも、
 僕の毎月恒例お菓子作りの事は、固く固~~~~~~く!口止めしてるんだよね。
 もちろん、バレンタインチョコの事も。
 なのに、どうして竜崎は知ってたのかな~?ん?」

ニッコリと、天使もかくやという奇麗な微笑みを、
ざんばら髪にドングリ目玉の、一見金持ちには決して見えない超ズボラ男に向ける夜神月。
(実はこういう世話の焼けるタイプが結構好みだったりするのは内緒)

「え?え~‥‥と、それはですね‥‥」

片や、その微笑みを向けられたカエル探偵は、
もうバッチリクッキリ好みのタイプのカワイ子ちゃんの可憐で蠱惑的で、
思わずデロ~ンと鼻の下を伸ばして何時まででも見つめていたいような微笑みに、
実際クラクラ眩暈を起こしながらもダラダラといや~な汗を流していた。
大学キャンパスでの友情に名を借りた腹の探り合いをしていた時も、
24時間手錠で繋がれたラヴラヴハッピーライフ(何所が?)を送る今も、
こんな風に月が笑っている時は本当はむちゃくちゃ怒っているのだと、
知りすぎるくらい知っているL。

「監視カメラを取り付けたのは僕の家と、北村家だけだよね?
 お菓子作りは友人の家でやってたし、
 カメラを設置していた時期にその話を家でした覚えはないし。
 なのに、どうして竜崎が知ってるんだろ」

助け船を借りようにも、怒った月に勝てる人間は父親の総一郎ぐらい。
だが、天地がひっくり返ってもこの手の事で総一郎がLの味方をする事はなかった。
それどころか喜んでLの足を引っ張るだろう。
事実チラリと横目で確認すれば、総一郎がわくわくと期待するような目でLを見ていた。
(別れろ!別れろ!別れてしまえ!!!)
(お義父さん!こんな事くらいで私達の愛は壊れませんから!!)
(誰がお義父さんだ~~~~!!!)
(父さん、もともと僕と竜崎は付き合ってないよ)

「まさかとは思うけど、竜崎‥‥」
「は、はいぃぃ?」

急に月の声が低くなり、周囲の気温がさらに下がった。

「僕の友人まで拉致監禁、拷問まがいの尋問をしたんじゃないだろうねぇ」
「そそそ、そんな事してません!天地神明にかけて誓います!!」
「じゃぁ、どうやって知ったのかな~?」
「そ、それは‥‥‥」
「僕に言えないような手を使ったのは確かだよね?お前、限度を知らないから」

あぁぁ~!月君の微笑みがますます黒く~~!!
真っ黒クロスケです、キラ決定です~~~!!!

 


本当の事なんて言えるはずがない。
『関東お月見会』の事は月本人には絶対絶対!秘密なのだ!!
もし会の事が月にばれたらサイトには強力無比なウィルスが流され、
キラ以上に恐ろしい裁きの鉄槌が会員達全員に下されるに違いないのだ!!
(月に面と向かって一言『嫌い』と言われただけで彼らは終わる)
そして、その原因を作ったLは、有象無象の男達からドンヨリと暗い恨みの念を送られる!!!

「嫌です~~~!あのものゴッツ運の悪い日々がまたやって来るなんて~~~~!!」
(いや、Lビルに籠っている限りその心配はないだろう)
「何訳の判らない事言ってるんだ。父さん、僕ちょっと竜崎と大事な話があるから席を外すね」
「月?」
「竜崎も借りてくし。一息ついたら先に捜査を始めてて」

半ば放心状態、だが心中は大パニック状態のLの首根っこを捕まえ、
隣の部屋へ引っ張って行こうとする月を慌てて総一郎が止めようとする。
それが更なる悲劇をLの上に齎した。

「ダ、ダメだ!昼間っから二人きりだなんて危険すぎる!」
「そうだよ、月君!
 竜崎ってば、この前僕に『昼下がりの欲情団地妻』を借りて来させたんだからね!」
「な、何だそれは!?」
「あ、局長知りません?今一番人気の復刻版アダルトDVDシリーズです」
「∀☆※○♀♂‥‥!!!!」
「フフフ、竜崎‥‥この前から熱心にディスプレイを覗きこんでると思ったら、
 そんな物を見てたんだ」
「ラ、月‥‥‥くん?」
「せっかく僕がヨツバキラを見つけ出して、さぁ、これからって時に‥‥
 そんなくだらない事にお前の無駄に出来のいい頭脳と貴重な時間を費やしてたんだね?」
「ラ、ラララ‥‥ラ‥‥‥」
「フフフフ‥‥当分おやつは抜き。
 それから向こう1週間、お前の食事だけ精進料理にするから。
 有り余ったお前の精力を奇麗さっぱり抜かせて貰う。覚悟するんだね、竜崎」
「しょ、しょしょ、しょ‥‥」
「しょじょ寺?」
「松田さんったら。茶々は入れないでくださいって言いましたよね?僕」
「フガッ!?」
「だ、大丈夫だ、月君!松田は取り押さえた!!」
「ありがとうございます、相沢さん。水増し請求の件は奥さんじゃなく竜崎に回します」
「そ、そうして貰えると助かる‥‥」
「じゃぁ、そういう事で」
「ラ、月~~~!」

爽やか過ぎる笑みを残し、無言の涙にくれるLを引きずり遂に月は隣の部屋へと姿を消した。
隣の部屋は防音設備バッチリの取調室。こちら側からカメラで覗く事は可能だが、
相沢も模木もそんな事をやろうとは毛ほどにも思わなかった。
後で月にばれたら何を言われるか判った物ではない。

「今、父さんが助けるからな~~~!」
「大丈夫です、局長。月君があんなカエルに負けるはずありません」
「むしろ危険なのは竜崎の方‥‥」
「カメラのスイッチ入れていいですかぁ~?」
「黙れ!バカ松田!!」
「月~~~!」
「フォフォフォ、こういう時こそ、ポチッとな」
「ポ、ポチッとなって!それはLにも使った麻酔注射!?ワタリ!なんて物を局長に!!」
「松田さんにもポチッとな」
「松田はいいか」

速効眠りに就いた総一郎と松田を両脇にぶら下げ別室に引き上げるスーパー執事。
残された男二人は3日3晩徹夜をしたかのような疲れを感じ、ぐったりとソファに腰を下した。

「相沢さん‥‥最近私、竜崎が‥‥
 美人奥さんの尻に敷かれたダメ亭主に見えるんですが‥‥」
「安心しろ、模木。俺にもそう見えるから‥‥」

疲労困憊、脱力の余り、捜査なんかちっともやる気がしない。
彼らも今だけちょっとダメ男。

「もしかして、この捜査本部の財布の紐‥‥
 ワタリじゃなく、月君が握ってるんでしょうか」
「みたいだな」
「それって月君に、私達の給料明細をばっちり知られてるって事ですよね?」
「それどころか、査定も月君がしてるのかもしれんぞ」
「という事は‥‥」
「俺達の冬のボーナスを決めるのは月君だな」

虚しい笑いが男達の口から洩れる。
凶悪犯連続殺人特別捜査本部改め、
私設(全てLの自腹だ)キラ捜査本部に一時の安らぎが訪れた。
キラ捜査は月のお陰でとっても順調。たぶんもうじきキラの正体が掴めるだろう。
だが、キラを捕まえたその後はどうなるのか。
まかり間違って夜神月がキラだった場合は‥‥‥?
どちらにしても、世界の切り札に若くて美人で超有能な秘書が就くだけ!な気がするのは、
決して疲れのせいばかりではないだろう。

「Lと月でLLコンビ?」
「いや、夫婦探偵LLだろ」
「古すぎます、相沢さん」
「俺は時代劇と演歌が好きなんだ‥‥」

ズズッと啜ったのはすっかり冷たくなった渋茶。
捜査本部の運命は!いやさ、男達の冬のボーナスは!!
今この時!!!隣の取調室で決定されている!!!!!!!!!!

 


「私はただ、バースデーケーキが食べたかっただけです~~~~!!!」
「フフフ‥‥ただのケーキがバースデーケーキに昇格したな、竜崎。
 それで?白状する気になった?」
「あぁぁ~!月君がキラに見えます~~~!黒いです~~~~!
 黒くても愛してます~~~~~~!」

(僕もカエルは嫌いじゃないよ)


こうして二人の初めての10月31日は無事に過ぎて行ったのでありました。

 

 

 

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