白昼の死角


その日も世界の切り札こと名(迷?)探偵Lは、
夜神月が眠れる森の美女の如くスヤスヤと穏やかな寝息を立てているのを確認してから、
自分と彼を繋ぐ手錠をそっと外しベッド横のサイドボードの隠し抽斗を開けた。
そこにあるのは1台のPC。月にも内緒の、いや、月にだけは内緒のPCだ。
それを起動させ、パスワードを打ち込んでインターネットに繋ぐ。
Lと違って寝つきの良い月が完全に寝入ってからの、Lの密かな楽しみがこれ。
手錠を繋いだままやっても良かったのだが、先日興奮しすぎてゴロゴロ床を転がってしまい、
短くはないが決して長くない鎖が体に絡まっただけでなく、
月の左手を引っ張り彼の安眠を妨害するという恐ろしい事態を引き起こしてしまった。
あの時は本当に驚いた。
ヤバイ!万事休す!!と思った。
月が完全に覚醒する寸前!隠し引き出しを閉じ、なんとか事無きを得たが、
以来、秘密のネットサーフィンをする時は二人を繋ぐ手錠は外すようにしているLだった。

「おや、パスワードが変わりましたね。
 また誰か不正アクセスしようとしたバカがいたのですか」

今現在はまっている某サイトに入ろうとしてパスワードを跳ね除けられ、
Lは慌てず騒がずメールを確認した。
すると案の定、幾つか使い分けているアドレスの一つに『会員様へのお知らせ』が届いている。

「会長も凝り性ですね。
 不正アクセスを発見するたびセキュリティを無駄に更新するんですから。
 お陰で私程度のハッカーの腕では容易に侵入できなくなってしまいました」

月君ならこれくらい突破してしまうかもしれませんが、
彼にだけは絶対!このサイトの存在を知られてはなりません‥‥‥
チラリとベッドを見やれば先ほどと寸分違わぬ姿勢で月が眠っている。

「確か会長はソフト製作会社の社長でしたね。
 ベンチャー企業の若手実業家という奴ですか。
 バイト時代パソコン教室にやって来た月君に手取り足取り教えたとか‥‥
 許せません!
 たかが社員10人未満のベンチャー企業社長に月君は勿体無いです!」

ワタリに調べさせた情報を思い出しつつ、
新しいパスワードとIDを入力し、無事サイトに入ることに成功するL。

「ブラボー!TOP絵がまた変わりましたね!!誰です?このCG投稿者は!?
 報奨金として100万$差し上げたいくらい素晴らしい出来です!!!」

チャララ~ンという可愛らしい音と供に画面いっぱいに表れたのは、
ビアガーデンで多くの男達にビールを配って歩いているボーイの格好をした夜神月だ。
バックの夜空には花火が打ち上がり、それに合わせてビアガーデンの色彩も変化する。
しかも、ボーイの月は各テーブルを周りビールジョッキや枝豆の皿を置いていくという、
実に凝った作りのCGアニメーションである。
タイトルには『夏だ!ビールだ!!関東お月見会へようこそ!!!』とある。
恐らく、テーブルに座ってビールを飲んでいる客達は会員のつもりなのだろう。
十中八九、客の一人はCG製作者の顔を模しているに違いない。

「その気持ち判ります。よ~く、判ります!
 しかし!私の月君は誰にも渡しませんからね!!!」

暫し、そのアニメーションを堪能していたLは、
最後にカメラアップになった月が投げキッスする所で、例の如く床をゴロゴロと転がる。

「※◎◆▽〇#!!」

意味不明の言葉を声を押し殺して喚きたてる姿ははっきり言ってキモイ!
月が見たら百年の恋も冷める事間違い無しだ!

「つ、次はぜひ!バドワイザーのボディコンワンピ姿の月君でやってください!!」

そんなコメントまで掲示板に書き込んでしまうようでは、もはや救いようがない。
だが、Lのような奴は一人や二人ではなかった。
既にTOP絵に関するコメントが30件近く書き込まれている。
そのほとんどが製作者を讃える言葉とリクエストと言うのは如何なものか。
ちなみにリクエストNO.1は、やっぱりと言うか『バドワイザー』である。
男とは皆、何だかんだ言って下半身で生きていることの証明だろう。

「あぁ‥‥またやってしまいました。体中が痛いです」

床を転がり肩やら腰骨やら頭やらをガンガン床にぶつけたLは、
少々くたびれた格好で何とか起き上がった。

 


『関東お月見会』
それは完全会員制(会費は無料)パスワード必須の、
知る人ぞ知る夜神月ファンクラブのサイトである。
会員数現在500人!女人禁制!変態撲滅!荒しお断り!ストーカーお断り!
夜神月の友人である幸せを噛み締め、彼の素晴らしさを讃えあう、
男ばっかりの野太い(電子の箱の中の事なので決して聞こえる訳ではないが)声が飛び交う、
暑苦しいことこの上ないファン同士の交流の場だ。
ちなみに今回のtopを飾っているようなCGや写真投稿は大いに歓迎されるが、
アイコラは夜神月を穢すものとして禁止されていたりする、
ちょっとコアな、ファンクラブである。
以前は会員数300だったが、月が大学に入学し新たに知り合った人間が増えたため、
一気に500の大台に乗ってしまった。
その結果、春から新規会員の『僕、俺と月の運命的な出会い!』をテーマにした、
作文とも言えない電子ラブレターの数々がサイトの画面を賑わせていた。
しかし最近は違う。
画面を埋め尽くすのは月に会えない辛さを切々と綴った、やはりラブレターだ。
何故会えないかといえば、Lが月をキラ容疑者として監禁してしまったからである。
そうとは知らない会員達は今も必死に月を探している。
誰もミサとの同棲を反対され駆け落ちしたという話を信じていないのが、
男達の醜い嫉妬のようでちょっと怖い‥‥‥
月失踪理由で最も有力な説は、
月を見初めたマフィアのボスが彼を誘拐監禁した、というものだ。
月が消息を経つ前日、彼が某ホテルに入って行く姿が目撃されたものの、
その後そのホテルから出て来た様子がない、という情報が根拠だ。
しかも、そのホテルの最高級スィートルームに泊まっている中国人が、
どうやら偽名らしいと判り、噂は俄然信憑を帯びた。
その後会員有志による『月救出作戦』が決行されたが、一歩及ばず逃げられてしまう。
Lもホテル暮らしだったが、例のいやがらせのせいで格下ホテルに流れ落ちたため、
彼がその中国人だと思う者は誰もいなかった。
その後も、会員達の目を誤魔化すため二流ホテルに自分の替え玉を置いたLは、
Lビル(二人の愛の巣です!)で月との手錠ライフを満喫しつつ、
こっそりサイトを訪問しては密かに優越感に浸るという生活を楽しんでいるのだ。

「フフフ、貴方達には気の毒ですが、月君はこのまま私が頂きます。
 キラだろうがキラでなかろうが、私のものです。
 キラなら私の保護監察下に置き、この私の愛!の力で見事更正させてみせます!
 キラでないなら名実供に晴れてパートナーとなり、夫婦探偵となるのです!!
 どのみち、貴方達はもう二度と月君には会えません!いいえ、会わせるものですか!!!」

草木も眠る丑三つ時、明かりを消した豪華スィートルームのベッド脇に蹲り、
PCの青白い光を受けながら爬虫類顔のポーカーフェイスで不気味に笑う男は、
はっきり言って妖怪以外の何者でもない。

「あぁ、出来る事なら私と月君の愛の日々を赤裸々に!ここに書き込みたい!!
 羨ましいだろう、と自慢しまくりたい!!!
 投稿写真館に、秘蔵写真を投稿したいっ!!!!
 って、せっかく隠しカメラで取り捲っていた月君の麗しい映像、
 うっかり見つかって、今日月君自らの手で処分されてしまったのでした‥‥
 クゥゥッ‥‥‥!」

涙、涙ですぅ‥‥シクシクシクシクシクシクシクシク(うざっ!)
そんな事を言ってベッドのシーツを悔しそうに噛む名(迷)探偵を目撃したら、
ワタリが『情けない』と嘆くのは目に見えている。

「おや?会長の秘蔵写真館に新作がUPされてますね。いったいどんな写真でしょう」

だが、所詮は嘘泣き探偵。いやいや、目先の欲望に忠実な男。
更新マークの付いたアイコンに気付くや、ケロッとした顔でマウスを操作した。
『月に会えない諸君の傷ついた心を少しでも癒すことが出来るのなら、
ここは敢えて!月未許可の映像を公開しよう!
さぁ、諸君!心して見るがよい!!』
という会長の臭いメッセージを鼻で笑いながら最新作を開く。

「こ、これは‥‥!!!」

その明るい映像がPC画面いっぱいに映し出された瞬間、
恐らくは他の会員達同様、一気に頭に血を昇らせ、ついでに股間にも血を集め、
Lは自分の意思に関係なく床にポタリと鼻血を垂らしていた。
それはまさに夏に相応しい映像だった。

「な、な、な、何ですか、これ!?」

南国ハワイの青い空と青い海をバックに、
(月がハワイに行ったという情報はないので合成だろう)
色鮮やかな花冠をその形の良い小さな頭にちょこんと乗せ、
貝殻のイヤリングをシャラリと鳴らし、同じく貝殻のブレスレットとアンクレットを揺らし、
裸の胸に定番の色鮮やかなレイを飾った今より小さくて幼い顔付きの月が、
(恐らくは中学時代のものだろう)
ミニの腰蓑を纏って無邪気に妖艶に、愛くるしい笑顔を振り撒きながら、
色っぽい手付き腰つきでフラダンスを踊っている姿だった。
ピンクの花柄バンダナをブラ代わりに薄っぺらい胸に巻いている様が絶妙に可愛い。
ハワイの民族衣装がミニなのも、そこからスラリと伸びた生足が白く輝くように美しいのも、
全ては男を虜にする愛の美神の策略でしかない!

「や‥‥山元‥‥グッジョブ!です!!」

会長の注意書きによれば、これは町内老人会の『夏のお楽しみ会』の余興における、
中学生ボランティア有志によるフラダンスショーの一コマであるとの事だ。
月は当日風邪で休んだ女子のピンチヒッターだったらしいが、
はっきり言って!狙って休んだだろう!!と、思わざるを得ない。
他の女子のようにビキニの水着じゃなくバンダナなのは月の最後の抵抗か?

「し、しかも、動く映像付ですと!?」

その注意書きの一部を更にクリックすれば、長いダウンロードの後に、
公民館らしき場所で数名の女子と供にゆったりと腰を振って踊る月の姿が!!!

「ラ、ラ、月君の腰付きが!!クイッと、クィィィッとぉぉぉ!!!!」

長島スパーランドで使われていたお古の衣装を、町内の誰かが手に入れての企画だったらしい。
狙ったのか!?それも狙ってやったのか!!??
思わず胸の内でそう叫んだLは、とうとう辛抱溜まらずトイレへと駆け込んで行った。
後には、何にも知らずすやすや眠る月がベッドに一人―――

 


次の日、

「いやぁ、外は地獄のような暑さですよ。ここへ帰るとホッとします」

捜査のため朝から外へ出ていた松田が一番暑い午後2時にLビルに戻るなり、
エアコンの真下に陣取り真夏の動物園のヘタレたペンギンのような顔でそう言った。

「松田。お前、背広はどうした?」
「え?あれ?あれれ?ハッ‥‥!暑くて脱いだまま何処かに忘れてきてしまいました!」
「バカか、お前」
「どうしましょう!?相沢さ~ん!あれ、クールビズなんですよぉ!高いんですぅ!!」
「知るか、そんな事!」
「酷いですぅ!もっと年下を大事にしてくださいよぉ」
「そんな事より松田さん。ポケットに何か大事なものを入れてませんでしたか?」

相沢に指摘され、やっと自分の失敗に気付いた松田が大騒ぎする中、
冷静に事に対処し応急処置をとろうとする月。

「え~と、財布はズボンのポケットだし。
 携帯は‥‥あ、反対のポケットにありました!」
「では、身元が判るような物やLに繋がるような物は、
 背広のポケットには残ってないんですね?」
「た、たぶんないと思う‥‥うん。脱いだ時、全部移し変えたんじゃない、かな?」
「松田さんにしてはよく気が回りましたね」
「エヘヘ。月君に誉められるほどの事じゃないよ~」

誉めてない誉めてない――― そうは思っても言葉にはしない心優しい年上の同僚達。
バカと鋏は使いよう。
バカはバカなりに上手く使えばそれなりに使えるのだと、最近痛感している彼らだった。
そんな中、月に心配してもらえてニコニコ顔の松田をじっと見つめる黒い瞳が一対‥‥‥

「な、何だか‥‥竜崎に見られてるみたいなんですが‥‥」
「呆れられてるんだよ」
「で、でも、何だかいつもの視線と微妙に違うような‥‥
 いつものさも馬鹿にしたような視線より不気味なんですが‥‥」

バカにされていたと気付いていたのか。侮れんバカだな松田、と暢気に思う相沢。
気付いてなお平気でいられる松田とは、果たして大物なのか、それとも本当のバカなのか?
これは模木の素直な感想。

「どうしたんだ?竜崎。そんな穴が開くほど松田さんを見つめて。
 松田さんがお前のカエル顔に怯えてるじゃないか」

竜崎にこんな口を平気できける月は間違いなく大物だ――― 
ついでにそんな事も思ってみる刑事達。

「ワイシャツ‥‥袖がありません」
「え?」
「あ、あぁ、これですか。そりゃぁ、半袖のワイシャツですから」
「竜崎、半袖シャツ見たことなかったのか?」
「えぇ。と言うか、松田の生腕なんか見てもちっとも楽しくありません」
「なま‥‥」
「楽しい‥‥」

では、誰の生腕なら楽しいんだ?――― などという愚問は決して口にしない刑事達。

「でも‥‥暑かったら衣服の面積が少なくなるのは必然ですよね」

そんな訳の判らない事を言いながら、ジロリと月を見やるL。

「月君、どうして半袖じゃないんですか?」
「ここは爬虫類のお前に合わせてエアコンが効いているからね。
 暑いと干上がっちゃうんだろ?
 お陰で僕は少し肌寒いくらいだよ。半袖を着る必要がないくらいに」
「エアコン‥‥のせいですか」
「うん」

嘘ではない。
嘘ではないが、竜崎ことLの前で素肌を見せるのは得策ではないと判断しただけだ。
何時目蓋を閉じているのか判らないカエルの視線は、
ピンポイントカメラ張りに月の姿をその網膜に焼き付けていそうで怖いのである。
思えばテニスの試合をした時も異様な視線を常に感じていた。
もっと思い起こせば高3時代のある一時期も‥‥‥
(それは例の監視カメラでございますな。流石は月様、実に鋭い勘をしていらっしゃいます)

「では、エアコンは切りましょう」
「は?」
「人工の風は体に悪いです。暑い時は汗を掻くのが一番。
 さぁ、月君!私と一緒に汗を掻きましょう!!」
「えぇと‥‥」
「そして、暑い時は涼しい格好をするのが人間の知恵と言うもの!」
「あ~、う~、狙いはそこなんだね?竜崎。
 僕に肌の露出度の高い服を着て欲しいと、そういう事かな?」
「流石は私の月君!私の考えている事が言葉に出さずとも判るのですね!!」
「あはははは」

誰だって判るだろ、それだけ露骨なら――― とは、やはり口にしない刑事達。
あぁ、何故この日この時に限って夜神総一郎がいないのだろう。
松田ではなく、総一郎が先に帰って来ていれば、
こんな下らない下ネタ展開間違い無し!の遣り取りなんて始まらなかっただろうに。
必ずや!親バカ丸出し総一郎が、毎回毎回何処に隠し持っているのか判らない暗器で、
竜崎こと世界の切り札探偵Lを、本気で亡き者にしようと襲い掛かっていただろうに‥‥‥
その時だけは自分がLと供にキラ捜査に携わる刑事だという事を忘れる総一郎。

「ちなみに竜崎は、今回月君にどんな格好をして欲しいんですか?」

バカ松田!余計な事を言うなっ!!
拗ねた竜崎も怖いが、本気で怒った月君はそれ以上に怖いんだぞ!!
相沢と模木がヘラヘラ笑う松田の口を塞ぎ手足を押さえトイレへぶち込もうとした寸前!

「よくぞ聞いてくれました!バカ松田!貴方、こういう時だけ冴えてますね!!
 今回は実に革新的なコスチュームを月君のためにご用意いたしました!!」
「竜崎‥‥」

松田を手放し月から数メートル飛びすさった相沢と模木を臆病者と非難するのは酷だろう。
竜崎に優るとも劣らず口の達者な月が本気で厭味を言い始めたら、
その奇麗な笑顔と相まって、凄まじく華麗で残酷で、快感と紙一重の痛い厭味になるのだ。
言われた人間は、一週間は!使い物にならなくなる事間違いなし!!
そして立ち直るには、やはり月の笑顔と励ましの言葉が必要で、
立ち直ったら立ち直ったで、その人間はもはや月の虜‥‥‥
あな恐ろしや、恐ろしや‥‥‥‥!!!

って、その情報、何処から仕入れてきたんですか?
え?ワタリさん?
探偵Lの未来の奥様の人となりをこっそり調べたと。ほぉ‥‥
でもって、その結果をLに報告し、LはLで自慢気に皆さんに喋ったと。
『流石は月君!人心掌握術に長けた女王様気質は私のパートナーにこそ相応しい!!』
(何処が?何処が相応しいんだ!?M?Mなのか!?世界の切り札は真性M!?)
『ホッホッホッ。これでL様の苦手分野が奇麗にカバーされますな。
いやいや、月奥様ならそれ以上の働きを必ずや!なさってくださるはず。
さすればLに怖いものなし!ですぞ』
(奥様!?何時から月君が竜崎の、いや、Lの奥様になったんだ!!??
月君の意思はどうなる!無視か!!無視なんだな!!??
図々しすぎるぞカエル探偵!!
その顔の何処が、その性格の何処が月君につり合うって言うんだ!!)

ってな会話がなされているのを、貴方達は黙って見ていたと。
え?一応反論はした?心の中で?それ、何の意味もありませんから。

「ジャジャ~~ン!見てください!月君!!この素晴らしいコスチューム!!!」
「衣装じゃなくてコスチュームって事は、
 あくまでコスプレかイメクラレベルなんだな?竜崎」

密かに服の下に隠し持っていた紙袋を徐に差し出す竜崎に、
奇麗だが冷ややかな笑みを向ける月。

「イメクラ‥‥あぁ、なんと素晴らしい響き!憧れです‥‥!!」
「お前‥‥」
「わ~い!僕にも月君のコス見せてくださ~い!きっと月君なら何でも似合いますよ~!」
「バカ松田。よく判ってるじゃないですか!バカでも美しいものが判るのですね!!」

バカ!松田のバカ!空気をもっと読め!!
逸早く部屋の隅に退避した相沢と模木が油汗を流しながら、
身振り手振りで松田を黙らせようとするが、好奇心一杯の松田に通じる訳がない。

「ワァオ!」
「くっ‥‥こ、これは‥‥!」
「素晴らしいでしょ!?麗しいでしょ!?
 是ほど夏にピッタリのコスチュームは他にはありません!」
「腰蓑だ~~~!!!」
「生花のレイもちゃんと用意しました!アクセサリーも一通り揃えてます!
 さぁ、月君!これに着替えてください!!そうすれば今かいている汗も引きます!!!」

何時の間にかエアコンが切れているのに漸く気付いた月は、
裏でスーパー執事のワタリが動いている事を知る。

「竜崎‥‥この発想は何処から来たのかな?」
「夏のバカンスは常夏ハワイと決まっています!」
「それは冬の間違いだろ」
「いいえ、湿度の低いハワイだからこそ!快適に夏を満喫できるのではないですか!」
「生憎ここは日本だ。湿度は高い。エアコンを切ったら汗だくだ」
「ですから、これに着替えるのです、月君!思いっきり!!肌を露出するのです!!!」
「やはりそれが狙いかぁ!この、セクハラ探偵!!」
「グエッ!」
「あ、潰れた。探偵Lが平面蛙になった」

月の身包み剥ごうと急接近した竜崎の顔面に右ストレートが炸裂。

「い、1回は1回ですよ‥‥月君‥‥」
「こんなのが回数の内に入るか!」

哀れカエルは床に大の字に伸び、愛する女王様に踏みしだかれてしまった。

「松田さん‥‥その手に持っている物、僕に渡してください」
「月君、これ着るの?やった~!」
「着るわけないでしょ!処分するんです!!」
「え~~、もったいないよぉ」

そして月の矛先がいまだ紙袋を持った松田に向けられる。

「着てみなよ、月君。絶対似合うから」
「似合うはずないでしょ!そんな民族衣装!!」

民族衣装?腰蓑??レイ???
今までの会話からビクビクしながらも袋の中身を想像していた相沢と模木が、
折れ曲がりそうなほど首を傾げる中、能天気松田がなんの躊躇いもなく袋の中味を取り出す。

「似合うって、フラダンスのコスチューム!!」

フラガールのコスプレかい!!
そんな物を月君に勧めるとは、よほど死にたいらしいな、松田!!!

「似合うか!!ボケェ!!!」
「ヘブッ!ハギャッ!!ゴファ‥‥ッ!!!」

そして、左ジャブ左ジャブ右ストレートのコンビネーションで相沢と模木の所まで吹っ飛ぶ松田。

「月く~ん、着てください~~~」
「うわぁっ!」
「バンダナブラじゃなく裸の胸に直接レイを掛けてぇ、
 腰蓑付けて踊ってください~~~。
 あんな年寄りどもに見せるくらいなら、
 私に見せてくださってもいいじゃないですか~~」
「!‥‥竜崎?どうしてそれを‥‥」
「?」
「??」

ゾンビの如くスケベ心だけで復活した竜崎(目が死んでいる)に背後から抱きつかれ
七分袖のシャツの裾を胸の辺りまでたくし上げられてしまった月(ほんのり頬がピンクだ)が、
カエル探偵の言葉に思わず動きを止めてしまう。

「あんな棺桶に片足突っ込んだジジィどもには見せられて、
 現役バリバリの私には生で見せてくれないだなんて、蛇の生殺しもいいとこですぅ」

蛇じゃなくてカエルだろう――― そう思いつつも黙って事の成行きを見守る男達。

「ぜひぜひ、月君の麗しきフラガール姿を、生でこの私に‥‥」
「だから!どうしてそれを知ってるのか!?って、聞いてるんだ!!」

再び吹っ飛ばされ踏みしだかれ、嬉しそうにもがく世界の切り札にそっと顔を背ける。
この捜査が無事終っても、決してこの恐ろしくもバカバカしい事実は口にすまい!と心に誓う。
まさか、あの探偵LがM体質だったなんて‥‥‥

「月君限定ですから!本来の私はSですから!!」

もっと口にしたくないわい!!

「そんな事より白状しろ!どうして僕が老人会でフラダンスを躍った事知ってるんだ!?」

踊ったのか!?フラダンス!!??あの格好で!!!???

「相沢さん、模木さん‥‥後で話がありますから」

ヒィィィ‥‥‥ッ!!夜神月女王様説の情報は真実だったのかぁぁ~~~!!!
クルリと振り返った、絵に描いたような爽やか笑顔にただただ青褪める相沢と模木。

「さぁ、いったい何処でその情報を仕入れたのか聞かせてもらおうか!
 僕の過去を調べたら出てきたなんて言い訳は認めないからね。
 って言うか、そんな情報で僕がキラだなんて断言しようものなら、
 もう二度と!口は利かないし、シャンプーもしないし風呂上りに髪を拭いてもやらない!
 お菓子の食べすぎで胸が詰まっても背中をトントン叩いてやらないし、
 後ろ前のパンツを直してやらないし、カルメラ焼きも作らない!
 膝枕で耳掻きもしないぞ!金輪際、お前の世話は焼いてやらないからな!!
 判ったか!竜崎!!」
「そんな‥‥殺生なぁぁ~~~‥‥‥」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(+o+)

って!そんな事までしてたのか、月君!!!
そこまで月君にさせてたのか!?竜崎!!!!
それの何処が探偵と容疑者なんだ!!??えぇっ!!!???おい!!!!!

「いいなぁ、竜崎‥‥月君に世話焼いてもらって‥‥僕も月君をお嫁さんに貰いたいなぁ。
 そうしたら毎晩フラガールの格好で晩酌を‥‥」

松田ぁ!!そこか!?気にするのはそこかぁ!!??

「フラガールがどうしたって?」
「!?」
「きょ!!‥‥局長!!??」
「!父さん!?」
「あ、局長。お帰りなさ~い」

 


そこへ、いきなり穏やかな中年男の声がかかる。そう、言わずと知れた夜神総一郎、
息子の月をこよなく愛する子煩悩な刑事さんだ。

「月。また竜崎と喧嘩か?捜査が進展しないからって、ヤケになるのはいけないぞ」
「う、うん。判ってるよ。こ、これはそのぉ‥‥ちょっとした息抜きでぇ‥‥」

突然外から帰ってきた父の言葉に、月は鷲掴んでいた竜崎の胸倉をあわてて離した。

「月く~ん、着てくださいよ~。着てくださるまで私、諦めませんから~~」
「うわっ。半分失神してるんじゃ、竜崎。そんなに強く首を絞められたのか‥‥」
「そこまでされても好きなんですね。月君のこと。
 って言うか、無意識でも体が月君の女装を求めるとは、流石は世界の切り札‥‥」

いやいや、それは探偵とは関係ありませんから。ただ単にスケベなだけですから。

「月の女装?」
「あ!」

ヤバイ!と思った時には既に遅かった。相沢と模木の二人が恐る恐る振り返ると、
そこには放り出されたままだった例の衣装を拾い上げる夜神総一郎の姿があった。

「と、父さん!ダメ‥‥!!」

大慌てで月がひったくるも、レイの花びらが僅かに散っただけで、
ほとんどは総一郎の手の中だ。

「‥‥‥‥腰‥‥蓑‥‥‥‥」

フサフサのミニの腰蓑。総一郎が持つと枯れ草で作ったボンボンのようだ。
そして何故かレイを自分の首に掛ける総一郎。

「フラダンス‥‥フラガール‥‥」
「と、父さん?」

父の奇怪な行動に月が恐る恐る声をかける。

「粧裕が昔‥‥月のフラガールがとても可愛かったと言っていた‥‥」
「局長?」

少し俯き加減で、依然衣装を手にしたままの総一郎が何やらポツリと呟いた。

「近所のご隠居集も、口々に‥‥
 『良いものを見せてもらいました、夜神さん。眼福、眼福』とか、
 『良い冥土の土産になりました』とかとか、
 『息子さん、まるで観音様のようですなぁ。
 変な虫がついたりしないか、男親としては心配で仕方ないんじゃ』とかとかとか。
 さんざん誉めてくれたが、肝心のその老人会での月の出し物の内容を私は知らなくて‥‥
 後で粧裕に聞いたら、
 『お兄ちゃん、ピンチヒッタ-でフラガールをやったの。
 すっごく似合ってて、最高に可愛かったよ!』
 と、教えてくれはしたが、写真だけは絶対見せてくれなかった‥‥しかも、
 『流石にあの格好は恥ずかしかったらしくって、
 お兄ちゃん、お父さんにだけは見せたくないって』と‥‥‥
 私の目の前で『サユの大好きなお兄ちゃんの思いで』というタイトルの白い猫のアルバムを、
 自慢げにポンポン叩いてくれちゃったりなんかして‥‥‥‥‥‥」
「父さん?」
「局長?」

最初は普通の呟きだった。だが、最後の方はどう聞いても何かがおかしかった。

「この私が‥‥月の父である私ですら見ていない、息子の晴れ姿を‥‥」

いえいえ、女装は決して晴れ姿ではありませんから。

「それを‥‥あろう事か、カエルの分際で‥‥見ただとぉぉぉ!!??」
「「局長!?」」
「許さ~~~~~~~~ん!!!!!!!!!」
「「「「「!!!!!」」」」」

いきなり総一郎が雄叫びをあげた。

「局長!!殿中です!殿中です~~~~!!」

そして、中年とは思えぬ素早い動きで背中から一振りの抜き身の日本刀を取り出した!
って、何の映画のパクリだよ!!
つ~か、どうやって背中に抜き身の日本刀なんか隠せたんだ!?

「夜、夜神さん、落ち着いて!!は、話せば判りますから!!!」

一閃!!真昼の陽光にギラリと冷たい光を反射させ、総一郎の手にした刀が空気を切る。
ハラリと、竜崎の長い前髪が数本舞い散り、探偵はバッチリ意識を取り戻した。

「うるさ~い!私の自慢の息子の貞操を狙う変態探偵がぁ!!!」
「た、確かにそうですが、殺しは拙いです、局長!!」
「相沢ぁ!お前、どっちの見方だぁ!?」

そりゃぁ、カエル探偵よりは上司だろう。

「と、とにかくここは逃げろ!竜崎!!俺達が局長を抑えている間に!」
「竜崎~~~!その首、たたっ切ってくれるぅ~~~!!!」
「あぁぁ。前にもどこかで見たパターン‥‥」
「松田ぁ!お前が変わりに切られろ~~~~~っ!」

広い捜査本部を所狭しと逃げ回る竜崎と、それを二人の部下をぶら下げつつ追いかける総一郎。

「父さん、それだけはダメだから!人殺しだけは絶対ダメ!!
 それに、カエルのセクハラのせいで父さんが人殺しなんかになったら、
 僕は何て母さんと粧裕に説明すればいいんだ!?」
「月君、貴方が心配するのはそこですか!?」
「だって、お前。首を切り落とされたぐらいじゃ死なないだろ?」
「私はゾンビですか!?」
「似たようなもんだろ」
「酷いです、月く~~ん」
「二人とも真面目に局長を止めてくれ~~~!」

殺す殺さないのすったもんだの真っ最中、暢気にそんな会話をする天才コンビに、
相沢と模木が泣きたくなったとしても不思議ではないだろう。

「あれぇ?何だか局長、さっきの竜崎みたいに白目を剥いてるような‥‥」
「何だって!?」
「何ですと!?」
「それに、口から泡みたいなものが‥‥」

総一郎が放り出した衣装を拾い上げ自分の腰に当てていた恥ずかしい男松田が、
ふと目に付いた事実を口にすれば、すかさず天才コンビが事の重大さに気付く。

「まさか父さん、熱中症で既に意識がないんじゃ‥‥!?」
「生真面目に外でも背広を着てたんじゃないですか?
 頑固一徹にも程度があるでしょう」
「僕の父さんをバカにするな!」
「フゴッ!」

逃げ惑う竜崎の横っ面に2発目のストレートパンチ。
逃走コースを90度の角度でそれた竜崎が床をゴロゴロと転がる。

「よし!よくやった、月!!流石は私の自慢の息子だ!!!」
「アハハ。意識がなくても、ちゃんと月君のことは判断できるんですね。さすが、局長」
「松田ぁぁぁ‥‥向こう半年給料50%減だぁぁぁぁぁ‥‥‥」
「そ、そんなぁ!酷いですぅ、竜崎ぃぃ!」
「お前らぁ!真面目に局長を止めろ~~~!!!」

必死に上司の体に抱きつく相沢と模木は、
白目を剥き泡を吹きつつ動き回る上司に心底恐怖を感じていた。

「よし、竜崎。今の内にバスルームに飛び込め!父さんに冷たいシャワーを浴びせるんだ!」
「嫌ですよ、あんな狭い密室。殺されるために行くようなもんじゃないですか」
「じゃぁ、どうしろって言うんだ!このままじゃ、父さんが脱水症状で倒れるだろ!!」
「もう倒れてますよ。って言うか、素直に倒れてください、お義父さん!」
「貴様に『お義父さん』と呼ばれる筋合いはないわ!!」
「しまった!更に元気ついてしまった‥‥!!」
「竜崎のバカ!!」

 


そんなこんなで逃げ回り追い掛け回す事10分。
別室で事の成行きを見守っていたワタリの機転でスプリンクラーが作動し、
その冷たい水を頭から浴びた総一郎が、漸くまともに意識を失い事無きを得る。

「あぁぁ‥‥見たかったですぅ、月君のフラガール姿‥‥」

そして、びしょ濡れになった腰蓑とレイを惜しげもなくダストシュートに放り込んだ月に、
やはりびしょ濡れのカエルが残念そうに呟く。

「竜崎、情報の出所は絶対吐いて貰うからな」
「ギクッ‥‥」

忘れていたが『関東お月見会』の事は当然ながら月には絶対内緒である。
もしも、月にばれるような事があれば、
(彼のハッカーの腕を持ってすれば、サイトの全てを抹消され、全会員の名簿も盗まれ、
全会員のPCに取り返しのつかないウィルスが流される事は目に見えている)
その切欠を作った人間は会員達の手厚い(?)成敗を受けることとなる。
そういう会員規約があるのだ。
それを思い出した竜崎は本気で姿をくらまそうかと考えた。
その後、スプリンクラーのせいでお釈迦になったPCの復旧に、
月がかかりきりになった事からその件はウヤムヤになり、
続けさま、ヨツバキラの存在が浮上し、キッパリすっきり忘れ去られてしまう。

 


「命拾いをなさいましたな、L」
「やっぱり残念です‥‥月君のフラガール‥‥」

しつこいぞ、カエル探偵!

 


どうやら探偵Lの幸運は、まだ使い果たされてなかったらしい。

 

 

 

※『関東お月見会』番外編第2弾です。
夏の暑さに脳味噌沸騰状態で書いたせいか、
ただのドタバタギャグに‥‥‥
当サイトの白月たんは、竜崎のセクハラにも絶対泣き寝入りしません。
18年間、純潔を守り通したのは伊達ではありませんので(笑)。

 

 

 

 

BACK