※この話は「関東お月見会シリーズ」と設定が被っています。
ただし、完全なるパラレルです。死神もデスノートも存在しません。
『DEATH NOTE』は月の親友、山元作のエンターテイメント小説です
『来る1月28日、キラ信者は大黒埠頭YB倉庫前に集まれ!』
『キラ様追悼集会開催!』
そんな言葉を最近ネット上でよく見かける。
昨年秋刊行された小説「DEATH NOTE Ⅱ」の影響らしい。
発売からわずか2カ月でミリオンセラーとなったこの小説は、
1昨年の春に刊行された「DEATH NOTE」の続編でファン待望の1冊だった。
前作の「DEATH NOTE」が某タウン誌連載小説だったのに対して、
こちらは最初から単行本発行。
続編を待ち望んでいたファンは発行と同時に本を買い、
その衝撃的なラストシーンに喝采と悲鳴を上げた。
何故、喝采と悲鳴かと言えば、アンチ主人公ファンには歓迎されたラストであるのに対して、
主人公ファンには非常に納得のいかないラストだったからである。
『いやぁ~~~~!キラ様が殺されるなんて~~~~~!!』
『嘘、嘘よぉ~~~!キラ様は新世界の神だから絶対死なないのよぉ~~~~!!』
『キラ様は絶対復活する!俺は信じている!!』
などなど‥‥‥要するに主人公が死んで終わる内容にアンチ主人公ファンは喜び、
主人公ファンは大泣きした、と言う事なのである。
ちなみに「DEATH NOTE」の内容はと言うと、
名前を書いただけで人を殺せる死神のノート「DEATH NOTE」を手にした主人公が、
世の中の悪を一掃しようと「裁き」と言う名の殺人を繰り返して行く、
ちょっと現実離れした話だ。
これだけ聞くと、独善的なヒロイズムに酔った愚かな主人公の話とか、
ピカレスク気取りの社会風刺小説?と取られなくもないが、
この話の肝は主人公と主人公を捕まえようとする天才探偵との頭脳合戦にある。
騙し合い、腹の探り合い、罠の仕掛け合い。
何処から何処までが嘘で何処から何処までが真実なのか判らない、
まさにハラハラドキドキ、手に汗握る展開に読者は夢中になったのである。
掲載されていたタウン誌の購読者は10代後半から20代前半の若者。
その人気が口コミで広がるのは実に早かった。
半年もしないうちに掲載タウン誌は発行と同時に売り切れという超人気雑誌となり、
そのせいで発行日の翌日には小説の内容が、
まるまるネットに上げられるという不正行為が横行した。
そうなればマスコミが取り上げるのは必然。
マスコミが取り上げれば、興味を持った「いい年をした大人」も読むようになる。
それがまた話題を呼ぶ。話題が話題を呼び、の典型と言ってよいだろう。
とにかくこうして「DEATH NOTE」人気はあっという間に全国区となり、
連載完結1ヶ月後には同出版社から新書版で本が発行されミリオンセラーとなった。
そんな「DEATH NOTE」の読者はほぼ、主人公ファンと探偵ファンに分かれていた。
分かれていたが、ファンの対立はあまり見受けられなかった。
むしろ主人公と探偵が直接出会ってからの絡みにファンは一緒になって盛り上がった。
特に女性ファンが。昨今流行りのBLチックな絡みに萌たらしい。
片や男性ファンは、ライバルを通り越した二人の息のあった様子にちょっと憧れを抱いたようだ。
頼りになる相棒、昨日の敵は今日の友、などと言う言葉がチャット上でよく見うけられた。
ただし、それも主人公が勝利を収めるまでの話だった。
そう、話題の「DEATH NOTE」は主人公勝利、探偵死亡で幕を閉じたのである。
その時は亡き探偵を忍んでファンが追悼集会を開いた。
キラを許すな!とネットでキラ叩きが続いた。
勿論キラファンも黙っていなかった。
これで世界はキラ様のもの!と、キラ様万歳を叫んだ。
その様子は新興宗教に近いノリだと若者文化の評論家も苦笑するほどだった。
そんなこんなで「DEATH NOTE」人気は続き、当然ながら読者は続編を熱望した。
某タウン誌には続編希望の投書やメールが殺到し、原作者にも取材の申し込みが相次いだ。
しかし、原作者の経歴は一切公開しない。
という契約が出版社との間で取り交わされていたとかで、
マスコミは何処も原作者のコメントを貰う事が出来なかった。
取り敢えず、原作者の代理として某タウン誌編集者がそれらの質問に答えたのだった。
そんな中、某大手出版社がその代理人である編集者を通して原作者とコンタクトを取る事に成功。
1年と半年後、待望の「DEATH NOTE Ⅱ」は発行された。
書店に並んだ「DEATH NOTE Ⅱ」の帯には、
「救世主キラ対探偵Mの真の後継者」というキャッチフレーズが躍っていた。
ちなみに「キラ」とは、作中で世間が主人公に付けた通り名であり、
「M」というのは天才探偵の通り名である。
この探偵Mは「世界の切り札」とまで称される正体不明の名探偵、と言う漫画チックな設定だ。
死神のノートと言い、正体不明の探偵と言い、今更だが突拍子な事この上ない。
つまり「DEATH NOTE」は決して真面目な社会風刺小説ではなく、
あくまでエンターテイメント小説な訳である。
だって元はタウン誌のページ合わせ小説なのだから。
とにかく、その人気はとどまる所を知らず、マスコミが放っておくはずがなかった。
当然ながら、TVドラマ化、映画化の話が、
出版社を通して原作者の所に殺到したのは言うまでもない。
若手芸能人の中には主人公キラや探偵Mの役をやってみたいと言いだす者も多くいた。
勿論読者もそれを望んだが、反面、アニメはまだしも実写は無理だろうと諦めてもいた。
と言うのも、云わば第2の主人公である探偵Mはまだしも、
主人公キラの役をやれる若手俳優がそうそう見当たらなかったからである。
ファン同士で誰々がいい、いや、誰それはイメージが‥‥と盛り上がりはしたが、
これだ!という結論には達しなかった。
ファンならば自分の好きなタレントの名を上げて当然なのだが、
最終的には「やっぱり○○でもキラ様の役は無理よねぇ」と諦めの言葉を口にするのである。
それくらい主人公キラの役は、たった一点の理由で困難を極めた。
完璧を絵に描いたような人間――― 作中でも何度かそう語られる主人公キラ。
主人公は、頭脳明晰スポーツ万能公明正大にして、
誰からも慕われる温厚で真面目な性格、と言う設定だ。
それが、死神のノートを手にした事で冷徹な天才犯罪者へと変貌してしまう。
つまり、主人公役の俳優は二面性の激しい役を演じなければならないのである。
そこが、キラ役は探偵M役以上に難しいと言われる所以であり、
それ故に遣り甲斐がある、と若手俳優のやる気をそそる要因だった。
しかし、しかし!だ。
このキラ役には努力だけではカバーしきれない難点があったのだ。
演技力さえあれば良い、ではファンが納得しない重要極まりない一点が。
それはつまり――― 完璧を絵に描いたような人間。
くどいようだが作中でそう何度も語られる主人公キラ。
絵に描いたようなと言うからには、つまり見た目も完璧!美形でなければならないのである。
第一部でも第二部でも女にもてていた主人公キラ。そう、キラは男だ。
探偵Mですらその外見にちょっと惚れていた節のある主人公キラ。
そう、キラは男にももてるのだ。
ファンからは天使のような頬笑みで悪人に死の裁きを下す魔王、
新世界の神!とまで言われている主人公。
主人公キラとは、カリスマ性の高い超絶美形でなければ務まらない役なのである。
左右対称の卵型の顔、鴉の濡れ羽色した緑の黒髪、黒曜石の瞳、染み一つ黒子一つない白い肌。
そんな表現が作中にバンバン出てくる美形主人公キラ。
それこそがファンをして「DEATH NOTE」の実写化は難しい、
と言わせしめる所以であった。
その主人公キラが続編でついに破れた。探偵Mの後継者に負けた。
死んでしまった!!
ファンは悲鳴を上げた。悲しんだ。嘆いた。憤った。
そして、その死を悼んだ。
その結果が、ネット上を騒がせている呼び掛けなのである。
1月28日、大黒埠頭YB倉庫にて、悪のカリスマ新世界の神キラは死んだ。
その地でキラ様の死を悼み、そして復活を祈ろう!!それが信者の務めだ!!
キラ信者はかなり熱狂的である。
その日山元は中学時代の先輩に話があると誘われ、
都内某所の某ファミレスに立ち寄った。
仕事帰りなら居酒屋でもいいのだが、あいにくと先輩は下戸だった。
いずれにしろ、その1年上の先輩とは何かと因縁があるので山元はファミレスで我慢した。
「こっちだこっち」
そうしてファミレスに来てみると、先輩は奥の喫煙席で398円のピザを食べていた。
「で?何ですか?話って」
「うん、それなんだがなぁ‥‥ほら、前にも言ったろ?金儲けのは、な、し」
「‥‥先輩‥‥それは気乗りしないって、俺、前に言ったと思うんですけど‥‥」
「いやまぁ、お前の言い分もな、判るよ、うん。俺だってお前と同じ意見だ」
「だったら‥‥」
「けどな、こんなっ!美味しい話そうそうないだろ?俺としては出世のチャンスでもあるし」
「本音はそれですか‥‥」
「いやいやいや、お前だって同じだろ?有名になれるぜぇ」
「俺は今の仕事で充分満足してます。有名になる気はありません」
「勿体ねぇ」
「それにあれは、アイディアとプロットこそ俺ですけど、
トリックのほとんどはあいつが考えたものだし」
「お前、どっちかってぇと私小説派だもんな。
エッセイスト?サスペンスは苦手だっけ。
サスペンス作家として売り出したら後が大変かぁ」
「そもそも俺は作家になるつもりはないんです。文字書きは只の趣味です。
そのつもりがあったら、先輩みたいに出版社にでも勤めてます。
先輩が、今月のページが埋まらないからどうにかしてくれって泣き付いて来なかったら、
あれを発表する気もなかったんです」
「判ってる、判ってるって。お前には感謝してますって。でもなぁ、勿体ないよなぁ~。
このまま只の商社マンで終わるなんてなぁ~。
そうだ!なんだったら一発屋って事で例の話を‥‥」
「やめときます。今でさえ何時あいつにばれるかとヒヤヒヤしてるってのに‥‥
これで映画化にでもなったら‥‥俺は自分の身が可愛いんです!」
「うぁ~、やっぱり未だばれてないのか‥‥だよなぁ。
ばれてたら絶対あいつに怒鳴りこまれてるよなぁ」
「怒鳴りこまれるだけなら未だましです。下手したら廃刊に追い込まれるかも‥‥」
「ギクゥゥ‥‥それ、シャレになんないからやめてくれ。中学時代を思い出す‥‥
「贔屓の激しい教師に激怒して、PTA総会に殴り込みをかけた中学生なんてあいつぐらいです。
言っときますけど、あの行動力と親達を簡単に味方に付けた口の巧さは今も健在ですから。
ってか、年季が入った分パワーアップしてますから。廃刊どころか廃業も有り得るかも‥‥」
「や、やめろ~~、マジでシャレにならねぇ~~~~‥‥‥!」
「だったら、諦めてください」
「し、しかし、こんな美味しい話‥‥やっぱり諦めきれない‥‥ウグゥゥゥ‥‥」
「強欲は身を滅ぼしますよ、先輩。まぁ、幸か不幸か未だあいつにはばれてません。
ここらで手を引いておくのが身の為ですよ」
「うぅぅ‥‥本当に?本当にばれてねぇ?」
「あいつは忙しい奴なんで只の大衆誌なんぞ読んでる暇ないんです」
「本は読まなくてもネットを見りゃぁ一発だと思うが‥‥」
「ギクゥゥ‥‥か、考えないようにしてたのに‥‥
そんなはっきりと言わないでください、先輩」
「もしかしたら、読んだけど気付いてないとか‥‥?」
「うわぁぁ~~~、あり得そうで嫌だ!
あいつ、頭いいくせに何処か天然なとこあるし‥‥!」
「だな。自分がもてるし顔がいいって自覚してるくせに、変なところで鈍いもんな」
「そこが可愛いんです!
でも、女王様モードは最近ご無沙汰なんで見たくないんですよ、俺」
「女王様モード!な、懐かしい~~~なんか久々に見てみたくなったぁ~~」
「冗談じゃないです!そんなっ!!魔王モードより怖いっ!!」
そこで彼は思わず大声を上げてしまい、慌てて周囲を見渡した。
時間帯は未だ9時と言う事もあってチラホラ家族連れも多い。もちろん若者も。
突然の大声に驚いた客が何人もこちらを見ていて山元は慌てて顔を伏せた。
「バカ、大声を上げるな」
「先輩が悪いんですよ。あいつの女王様モードが見たいなんて言うから」
「仕方ないだろ。俺はお前ほどあいつに会ってないんだ。マジで見てみたいんだよ」
人目を気にして互いに身を乗り出し、声を顰めて言葉を交わす。
明るい店内で大の男が、食べかけのピザを間に置いて顔を突き合わせる恰好は随分と間抜けだ。
「ほら、あいつ、中学時代は美人っていうより可愛いって感じだったろ?
だから、女王様モードより王女様モードの方が多かったじゃないか。
まぁ、王女様モードもそんじょそこらの女の子より可愛かったから良いんだけど、
それに輪を掛けて!女王様モードは堪らんかった!そう思わないか?
男なら見たいと思って不思議じゃないだろ?二十歳過ぎたあいつの女王様モード。
きっと、失神しそうなくらい様になってるに違いない‥‥!」
「安心してください。失神どころか天国に行けますから」
「うぉっ!マジかっ!?」
「ついでに言うと、今なお下僕の数、更新中です」
「さ、流石だ‥‥!!」
「クリスマス前に会った時、俺の知らない新しい下僕を二人も連れてました。
財布と荷物持ちに。
話から察するに下僕は役人見たいでした」
「や、役人?まさか、何処ぞの省庁の?」
「都庁の役人と、議員の秘書みたいでしたねぇ」
「と、とうとう政治家にまで下僕の輪を広げちまったのか、あいつ‥‥」
「流石に税金で貢がせる事だけはしないと思いますが、
悪どい金を懐に入れてそうなら、ケツの毛まで毟り取っちまいそうで怖いです‥‥
あの無駄に綺麗で色っぽい微笑みで寄付を強請るんですよ、きっと」
「な、懐かしい~~。その手でよく部活帰りにタコ焼き屋に行ったっけ。
顧問の先生、月末は小遣い足りなくてピ~ピ~言ってたんだよなぁ。
しまいに教頭まで陥落させて、部活の差し入れにヤクルト貰ったりしたよ、うんうん‥‥」
「贔屓だ‥‥俺達野球部なんて‥‥」
「仕方ないって。あいつのお陰でテニス部は2年連続全国大会優勝の栄誉に輝いたんだ。
それに、先生が贔屓しても、全校生徒の誰も!文句言わなかっただろうが」
「あいつにニッコリ微笑まれて、誰が面と向かって文句が言えると?」
「言えないよな~~」
「とにかく、そんな調子で仕事先でも出世街道驀進中なんです、あいつ。
エンターテイメント小説なんか読んでる暇のない内に、『大場つぐお』は引退です」
「いやいや!逆だろ!未だ知らない今の内に映画化しちまうんだよ!!
気付いても後の祭り!って事にしちまえば‥‥」
「その後が怖いって言ってるでしょ!もし‥‥‥
もし、どうしても映画化したいんなら、俺の前に連れて来て下さいよ。
一応原作者である俺が納得出来る、キラ役にピッタリな俳優を!」
「そ、それは‥‥」
「いないでしょ?思いつかないでしょ?あいつ以上にキラにピッタリな奴はいないんですよ!」
「そりゃぁまぁ‥‥元々キラはあいつがモデルなんだし?
あいつ以外に『完璧を絵に描いたような人間』なんているとは思えない‥‥かな?」
「だから、無理なんです。あいつが自分からキラ役をやるとでも言いださない限り、
『DEATH NOTE』の映画化は‥‥」
「やっぱり貴方が原作者なんですね!!」
「「!!!!????」」
そこでいきなり聞こえて来た声に、ヒソヒソ話に余念のなかった山元と先輩は硬直した。
「デスノート完結おめでとうございます!完結に当たって何か一言っ!!」
硬直したまま声のした方に視線だけ向けると、
若い女が一人、テーブルの直ぐ脇に立ちデジカメのシャッターを切っていた。
何時の間に!?と、二人して心中大いに叫ぶ。
「な、なななななな、ななっ、何だぁ!?君はぁ‥‥っ!」
慌てふためいた先輩がメニューをひっつかみ楯のように翳す傍ら、
山元は事の次第が『あいつ』にばれた時の事を想像して真っ青になっていた。
「○×タウン誌編集部のAさんですよね?」
「そ‥‥そそ、そ、そうだけど?」
「人気連載『デスノート』の仕掛け人にして、原作者『大場つぐお』さんの代理人ですよねっ?」
「そ、それが‥‥何か?」
事実である。
出版業界、並びにデスノートに興味のあるマスコミ関係者なら誰でも知っている事実である。
「そして、こちらの方が原作者の大場つぐおさんで、いいんですよねっ!?」
もはや確信に近いその言い方にA先輩は何も言えない。
若い女記者(雑誌かTVかは判らない)の声は興奮のあまりかなり大きく店内によく響いた。
そのとたん店内のあちこちから、
『え?デスノートの原作者?』『何処だ?』『誰が?』
という野次馬的な声が聞こえて来る。
それに後押しされたかのように女記者は更に声を張り上げ山元にカメラを向けた。
「私、雑誌△△△のKと言います!
デスノートⅡの発行に当たってぜひインタヴューさせてください!」
「い、いや‥‥俺は‥‥」
「話題沸騰のデスノート!世間は映画化の話で非常に盛り上がってます!
なのに、原作者の大場さんが映画化を渋ってるって噂が流れてるんですけど、
それは本当なんですか?本当だとしたらどうして?
そこの所も、ぜひ!聞かせてください!!」
「俺は、原作者じゃ‥‥」
山元は周囲を気にしつつ何とかこの場を誤魔化せないかと焦った。
「私!正体不明の原作者を探るために、この1週間ずっと!Aさんの事見張ってたんです!
だから、今日Aさんが原作者に会う予定だって言う情報もバッチリ掴んでます!
そのAさんが今こうしてこっそり貴方に会ってるって事は、
貴方が原作者!そうですよね!!」
しかし、店内の視線は全てこちらを向いていた。もう逃げも隠れも出来そうにない。
そうこうするうち、△△△の記者だと名乗った女性がレコーダーを取り出し勝手に取材を始めた。
「第一部でもそうでしたが、第二部のラストも衝撃的ですよね!
探偵Mに引き続きキラも死んじゃった訳ですけど、最初からそのつもりだったんですか!?
実はキラは生きていて、この後神として復活するとか、そんな展開とか有りですか!?」
『キャ~~!嘘ぉぉっ!!キラ様、生きてるのぉ!?』
『キラは死んだんじゃないのかよ。今度こそ探偵Mの勝ちだろ?』
何て声も何処からか聞こえて来て店内はがぜん騒がしくなった。
「うちの読者にもキラ様ファンは多いんですよ。
あんなカッコイイ人がキラ様なら世界征服されてもいい、っていう熱狂的なファンが!
勿論、探偵Mのファンも多いです。
癖のあるカエル顔の変人っぷりがキモカワイイって、マニアに受けてるんです!」
それは何も女性雑誌△△△の読者に限った事ではないらしい。
世間一般の女性デスノートファンの一致した見解であるらしい。
流石に正体を隠している原作者山元でも、そのくらいは噂で知っていた。
ちなみに探偵Mは主人公キラと違って冴えない風体の男である。
背丈はキラとそう変わらないが、引き籠りなせいか痩せていて酷い猫背でガニ股だ。
しかもいつも裸足。
眉がなく茶髪の髪はボサボサ、一重のギョロ目は髪と同じ茶色で光の加減で赤くも見える。
そのうえ常に目の下に隈があって肌の色は不健康そのもの。
だらしない動きにだらしない服装。
にもかかわらず、少々潔癖症の気があるのか指先だけで物を持つ癖がある。
その指もおしゃぶり癖が治ってないのか噛み傷で爪がガタガタ。
生活習慣もなってなくて睡眠時間も食事時間もまちまち、
風呂嫌いなうえに酷い偏食の甘党。
ポーカーフェイスが得意でぶっきら棒この上ない超変人、世捨て人。
それがデスノートのもう一人の主人公とでも言うべき探偵Mである。
そんな役だから、メイクと多少オーバーアクション気味の演技で、
誰もがMになれるだろうとファンの間では言われている。
だが、Mはいいのだ、Mは。
Mのモデルが誰かばれても何の問題もない。むしろあの男はそれを喜ぶだろう。
作中のキラとMの関係になぞらえて、
『私と彼は運命の鎖で繋がれた仲です』
とでも堂々と人前で言ってのけるだろう。
それくらい、Mのモデルとなった男とは厚顔無恥で、
そして、あいつにベタ惚れなのである。
しかし!あいつは違う!!
あいつは規格外の人間であるにもかかわらず非常に常識を愛する男なのだ。
あいつは誰より目立つくせして、今まで散々目立ってきたくせして、
目立つ事が嫌いだ、なんて我儘を言う天然ボケな確信犯なのだから。
もしも!あいつをモデルにして小説を書いたなんて知れたら、
いったいどんな仕返しをされるか判らない。
ぶっ叩かれるならまだしも、お前とは絶交だ!とでも言われたら‥‥‥‥!
「それでですねぇ、さっきも言いましたけど、
デスノートのドラマ化や映画化の話が殺到してるんですよね?
ファンはぜひ!映画化して欲しいって思ってるんですけど、
どうして大場先生はそのオファーを受けないんですか?何か理由があるんですか?」
そう思っているのに、突然A先輩が山元を裏切った。
「映画化!そう、映画化!!いいよな、映画化っ!!」
「はいっ!ぜひ見たいです、デスノートの映画!!」
「だろだろっ!?絶対見たいよな?デスノートの実写版!!アニメじゃ物足りないっての!!!」
やおら立ち上がり、ちょっと小柄で胸の大きな女記者の肩に手を置き力説しだした。
「そうともっ!ファンは期待してるんだ、デスノートが映画になる事を!!
キラが!Mが!!スクリーン狭しと活躍する様をみんな見たいと思ってるんだっ!!!」
「その通りです!私もぜひぜひ、見たいですっ!!
私のキラ様が『計画通り』って真っ黒な笑みを浮かべる様が見たいですぅ~~!!」
「君はキラファンか!」
「キラ様を崇拝してます~~~~っ!!!」
感極まった女記者がそう叫んだ瞬間、
遠くの方で別の女性客が『私は実写版Mが見たい!』と叫ぶのが聞こえた。
そうなれば次々と他の客も叫びだし、キラにはあの俳優が、Mにはこの俳優が!と、
口々に自分の好みを言い始めた。店のスタッフまで顔を出しそれに参加する始末。
まさに手のつけられない状態だ。
「ほら見ろ、山元!世間はこんなにも待ってるんだ、デスノートの映画化を!!
それなのにお前ときたら拒否しやがって!!ファンの皆様に悪いと思わないのかっ!!」
そんな熱狂的なファンの声を味方につけてA先輩は山元に映画化の話を迫りだす。
「大場先生は映画化に反対なんですか?何故!?どうしてっ!?」
「そうなんだよ!こいつ、絶対イヤだってダダこねてるんだ」
「えぇ~~っ?何でですかぁ~~~?」
「これ以上有名になる気はないとか言ってな、我儘も大概にしろ!って話だろ?」
「そんな理由で映画化を渋ってるんですか~!?ヒド~~~イ!!」
とたん、店内は大ブーイングの嵐となった。
映画化反対反対!とか、原作者の横暴を許すな!とか。
山元にしてみたら『事情を知らない奴が好きかって言うな!』である。
だから彼は切れた。プッチンと切れた。
「う、うるさ~~~~~いっ!!!」
椅子を鳴らして立ち上がり、テーブルのナプキンを空中に放り投げた。
ピザの皿をぶちまけなかっただけましだと言ってもらいたい。
「誰が映画化なんかするかっ!俺は我が身が可愛いんだっ!
下手に映画化なんかして見ろ!あいつの親衛隊からイメージが合わない!
あれはキラ様じゃない!
あんな俳優なんか使いやがって!!
とか何とか、さんざん文句言われて袋叩きに合うんだっ!!
俺は、そんな目に合いたくないんだよ~~~~~~~っ!!!」
叫ぶだけ叫んでぜいぜいと息を切らす山元の様子を周囲の客がポカンとした顔で見返す。
「だいいち、探偵Mはまだしも、キラ役をやれる俳優が何処にいるって言うんだ!?
誰をキャスティングしたってみんな文句言うくせにっ!!」
「そ、それは‥‥」
山元がそう指摘してやれば、A先輩も女記者も、周囲の客もスタッフも黙ってしまった。
「いるなら連れて来てみろ!完璧を絵に描いたような人間!!
そんな奴何処にもいるもんかっ!!
眉目秀麗頭脳明晰運動神経抜群、性格良し、見た目良し、良妻賢母で世話好きで、
微笑めば天使もかくや、怒ればまさに女王様!
そんな人間、世間に二人といるか!っての!!
あいつ以外!絶対絶対!!いるもんか~~~~~っ!!!」
「‥‥あいつって‥‥誰ですか?」
「え?」
そこでポツリと女記者が言った。
「眉目秀麗頭脳明晰運動神経抜群、性格良し、見た目良し、良妻賢母で世話好きで、
微笑めば天使もかくや、怒ればまさに女王様!って、
なんか抽象的なようで具体的ですよね?
もしかして、キラ様にはモデルになった人がいるんですか?」
長い台詞をサラリと復唱出来たのは、
キラ様ファンである彼女も日頃からそう思っていたからだろう。
「まさか、とは思いますが‥‥キラ様みたいな人が‥‥本当にいる、何てこと‥‥」
怒りと興奮で赤い顔をしていた山元の血の気がサッと引き、
A先輩が不審極まりない様子で目を泳がせ始める。
「え?マジですか?マジでキラ様にはモデルがいるんですかっ!?」
その様子に女記者はハッとして思わず甲高い声を上げていた。
上げたとたん、今度は周囲で黄色い悲鳴が上がった。それはまさに歓喜の悲鳴だ。
嘘~~~っ!イヤァ~~~~~!どうしよう~~~~~!ステキィィ~~~~~~~!
見たい~~~~!会いたい~~~~~~~~!!
何処、何処にいるのキラ様ぁ~~~~~~~~~~!!!
そんな叫びが店内に轟き渡る!
「さて、俺は帰るかな」
「先輩!逃げるんですか!?」
そんな女性キラファンの熱狂にビビッタA先輩が徐にコートを取り上げ帰ろうとする。
慌てたのは山元だ。させてなるものか!と、先輩の左手にしがみ付く。
「いや、ほら、俺は只の編集者だし?原作者はお前だから。
それに、あいつと中学高校と同級生だったのはお前だろ?俺は、只の中学の先輩だもんな」
「何言ってんですか!あいつの親衛隊発起人のくせに!!」
「いやいや、今の親衛隊隊長は俺じゃない‥‥」
「名誉隊長でしょうがっ!」
「バ、バカヤロ~!俺だってヤなんだよ!親衛隊の連中に睨まれるのはっ!
知ってっか?連中、あいつの事が世間に知れたら俺達のアイドルじゃなくなるとか何とか言って、
それこそ必死になってデスノートの事あいつに隠してんだぞ!
あいつの子供の頃からの行きつけの本屋を脅して、
デスノートを全冊撤去させたのなんて序の口!
警察庁にまで仲間増やして、
日頃からデスノートの話をあいつの耳に入れないよう画策したんだ!
仕事の行き帰りに広告とか見たらヤバイって、
みんなして交代であいつの送り迎えして!
おまけに某女性週刊誌で『貴女の街のキラ様』なんて特集を組んで、
キラ様役に合いそうなイケメンの投稿写真を募集した時も、
警察庁中の刑事や一般職員に投稿なんかしたら闇打ちしてやると脅しをかけたんだ!
それだけじゃぁ飽き足らず、東応大の同期連中にも圧力掛けたんだぞ!!」
「そ、そんな事までしてたのか‥‥親衛隊の連中‥‥
ってか、先輩あいつに久しく会ってないって言いながら、
そんな事情よく知ってましたね」
「あいつには会ってないが、親衛隊の連中には時々会ってるからな。
総会報告書もメルマガで送って貰ってるし。
その総会報告書なんだけどな、うちのタウン誌で連載が始まってからは、
デスノートのファンマガジンと化しててな。
あぁ、キラが軟禁された時や手錠を掛けられた時は、
M罵倒マガジンになってたっけ‥‥
今直ぐにでもあの野郎を大学まで成敗しに行く!
とか何とか過激な文章が躍って‥‥ブルルッ‥‥
とにかく!そんな過激な奴らに睨まれてみろ、命が幾つあっても足りるかっ!」
「だったら映画化の話なんか断ればいいじゃないですかっ!」
「でも金も欲しいんだよっ!アニメ化ぐらいいいだろうがっ!少しは妥協しろ!!」
「アニメにだって文句言うに決まってるじゃないですか、あいつの親衛隊ならっ!!
あいつ、声もいいんですよ!無駄に歌も上手いし!!
耳元で囁かれたら一発で昇天出来るってほざいたバカがいるくらいなんですからっ!!!
あいつが苦手なのは絵を描くことぐらいでしょうが~~~!!!
その絵も写実は得意でマンガは下手ってレベルだから、
厳密には苦手の部類に入らないし!
その下手なマンガの絵だって、あいつの絵なら家宝にする、
とか言っちゃう奴もいるんですよ!
あいつの親衛隊には、そんなのがゴロゴロしてるんです!
アニメ化だって、絶対イヤです~~~~~~~~~~~~~!!!!」
周囲を放ってそんな不毛な云い合いを始めた某タウン誌編集者と、
どうやら原作者であるらしい若い男。
そんな二人の会話を総合すると、マジで!デスノートの主人公キラにはモデルがいるらしい。
しかも、小説の通り「完璧を絵に描いたような人間」であるらしい。
警察庁に勤めていて親衛隊までいるらしい。しかも、かなり熱狂的で危ない親衛隊らしい。
なお、主人公が警察庁に勤めている、と言うのは小説と同じだ。
主人公キラこと、日中明(ヒナカアキラ――― ちょっとアレだがなかなか覚えやすい)は、
日本一の大学『東京大学――― 東大』の大学生で、
卒業後は警察庁に入庁、情報通信局に配属された。
そんな事からファンの間でキラ様探しが始まり、
一時東大のモデルだろうと思われる東応大学に女性ファンが押し寄せた事があった。
それから警察庁にも。
主人公の父親が刑事局長と言う設定もあったから、
実際の刑事局長に取材を申し込んだ雑誌まであった。
けれど、東応大に「日中」という学生は卒業生にも現役にもいなかった
現実の刑事局長も警察庁次長も当然ながら「日中」なんて名ではなかったし、
警察庁にも「日中」と言う刑事はいなかった。
キラ探しブームはブームで終わり、誰もキラ様にモデルがいるとは思わなくなった。
だが!どうやら本当に!!キラ様は警察庁にいたようだ!!!
判らなかったのは当然の事ながら名前が違ったから。
そして、その親衛隊とやらが邪魔をしていたから!らしい。
そうと気付いた店内の女性ファンが、
明日にでも警察庁に行ってみようと思っても不思議ではない。
だがだが!!そんな彼女達に、ここで思わぬ幸運が降って沸いた!!!!
「あれ?山元?山元じゃないか、久し振り」
男二人のむさ苦しい怒声ばかりが響いていた店内に、
一陣の爽やかな風のような、清涼飲料水のように涼やかな声が聞こえて来たのである。
その瞬間、男二人は互いの胸倉を掴んだまま再び硬直してしまった。
「どうしたんだ?喧嘩か?ダメだろ、こんな公共の場で‥‥って、あれ?
そっちは‥‥もしかして‥‥A先輩ですか?」
コツコツと、微かな靴音をさせて一人の若い男が店内に入って来る。
騒ぎに夢中で接客そっちのけだった女性スタッフがハッと振り返ったとたん、
Aや山元と同じようにカチンと固まった。その頬は仄かにピンク色に染まっている。
年の頃は二十歳過ぎ。身長は180㎝近く。
少々細身だが決して貧弱な感じはしない健康的でスレンダーなその若者は、
ちょっと不思議そうな顔をしながらサッと店内を見回した。
濃紺のスーツにストライプ柄のシンプルなネクタイ。
足元を飾るのはオールデンの革靴。
身のこなしは軽やかでガサツな感じは一切なく、
まるで柳か芦の葉が風に揺れているかのようだ。
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花――― と言う言葉が、
思わず浮かんでしまう風情である。
男であるのに。
「あぁ、やっぱりA先輩だ。お久しぶりです。お元気そうですね。
山元とお食事の約束ですか?」
現代の若者が忘れてしまった丁寧な言葉遣いに物静かな雰囲気。
その若者は脱いだコートを左手に掛け、
そこかしこに立っているスタッフの邪魔にならないよう、
少し離れた場所から山元とA先輩に軽く挨拶のお辞儀をした。
「えっと‥‥席へ案内して欲しいんですけど?」
そこで漸く店内の様子が少々おかしい事に気付いた若者は、
ボ~ッと突っ立ったまま入店して来た彼を見ていた女性スタッフに、
困ったような微笑みを向けた。
その瞬間、店内のお客とスタッフの誰もが『あれ?何処かで見たような』と思った。
ただ単にファミレスで行き合わせただけの見ず知らずの若者に既視感を覚えた。
「あの‥‥二人席を希望したいのですが‥‥できれば禁煙席で」
「!あ‥‥は、はいっ!」
だが、微笑みかけられた女性スタッフはそれどころではない。
今にも逆上せてけし飛びそうな理性を総動員して仕事に専念することで精いっぱいだった。
何故なら、たった今入って来たお客は、
そうそうお目にかかれない最高ランクのイケメンだったからだ。
「で、ではあちらの席に‥‥」
イヤァ~~~ン!今夜はついてるぅ~~~~~!
と、女性スタッフが内心小躍りしながらそのお客を席へ案内しようとした矢先、
「夜神ぃぃぃぃぃぃっ!!!」
某タウン誌編集者Aが切羽詰まった声を上げた。
「夜神!お前からもこの判らず屋に言ってくれぇぇっ!」
「は?」
「ななな、何言ってんですか!?先輩っ!」
「映画化は全国デスノートファンの希望だってなぁ!!」
「は?デスノート?」
女性スタッフに案内されて自分の席に移動しようとしていた若者に飛びかかり、
その怒り肩でも撫で肩でもない肉付きも適度な両肩に手を置くや、
先程まで叫んでいたのと同じ事を若者に叫んだのである。
「うわぁぁぁぁっ!!バカヤロ~~ウッ!
な~に言っちゃってんだよ、この唐変木ぅっっっ!!
月にばれたらお終いだ!って、言ったろうがぁぁ~~~~~~っ!!!」
「うわっははははっ!もう知るかぁぁっ!!俺は金が欲しいんだよ!!!
デスノートの映画化でデッカク稼いで彼女との結婚資金に充てるんだ~~~~!!!!」
「何だと、コノヤロ~~~!名誉会長のくせに結婚するだぁぁぁつ!!
俺は月しか一生愛さない!とか、月が俺の初恋だ!!
とか言ってやがったのは何処の誰だ~~っ!!」
「あぁ、俺だよ!俺が言ったよ!!10年以上前に俺が言いましたっ!!!
俺も若かったんです!青かったんです!!現実を知らない子供だったんです!!!
中学時代の2年間の思い出は、今でも俺の大事な宝物ですっ!!!!
大人になったら月みたいな女の子を彼女にするんだって、本気で夢見てたんです!!!!
しかし!しかし、現実はそんなに甘くなかった!!いや、無情だったんだ!!!!
俺は大人になって知った!大和撫子はもう過去の事なんだと!!
才色兼備眉目秀麗良妻賢母!!
そんな女の子は金の草鞋を履いて探しても何処にもいやしないって、悟ったんだ!!!
それでも‥‥それでも俺は彼女が欲しいっ!欲しかったっ!男なら当然だ!!
月より数段、いやかな~~~り落ちても、恋人作ってイチャイチャしたいんだ!
月の手料理に比べたら豚の餌みたいだけど、
それでも俺の為にご飯を作ってくれる子と一緒になりたいんだよっ!!!」
A先輩の血の叫びが都内某所某ファミレス店内に響き渡る。
あのぉ~それって~、何気に自分の彼女がブ‥‥‥
ゲホンゲホン‥‥‥料理が下手だって言ってません?
「テニス部の合宿で毎回月の手料理を嬉し泣きしながら食ってやがった奴の言う台詞か!
うちの母ちゃんが作るご飯より美味い!とか言って感動してたくせにっ!!」
あ~っと、そのライトって、
あんた達が左右から両手を掴んで取り合ってる若いニ~チャンですかぁ?
何かかの有名な『大岡裁き』を思い出す構図なんですけどぉ‥‥‥
「現実を見ろ!俺が月に釣り合うか!?俺が月に一生ご飯を作って貰えると思うか!?」
「思わねぇよっ!!」
一応自分がメタボ気味の冴えないオッサンだと言う自覚はあるんだね。
そんな風に周囲のお客とスタッフが事の状況を整理しつつある中、
突然始まった知り合いの言い争いに戸惑っていた若者がA先輩に声を掛ける。
「あのぉ‥‥先輩?自炊、大変なんですか?もし何でしたら今度僕が作りに‥‥」
「だからぁ!月もそうやってホイホイ絆されるんじゃないっての!!
そうやって絆されて無意識にタラシ込んで、何人の男を下僕にしたと思ってんだ!?」
「は?え?下僕?何の話だ?山元‥‥」
うわぁぁっ‥‥下僕ですか。タラシて下僕‥‥
それって俗に言う女王様ですか?え?違う?菩薩様?
いや、ライトと呼ばれた若者は誰が見てもイケメンですけど。
イケメンと言うかむしろ美形、美人さんですけどォ‥‥どう見ても男性ですよね?
卵型の形の良い頭部を覆うサラサラヘアーは胡桃色か深い栗色で柔和な微笑みにピッタリだし、
全てのパーツが見事な左右対称で整った顔は精巧な人形を思わせる端麗な作りだし、
特に二重のくっきりしたアーモンド形の目は、
店内の光度を抑えた照明の下でもキラキラ輝いて見えるし!
誰がどう見ても間違いなく!!美人さんですが、男性、男ですよね!?
でも、女王様なんですか?菩薩様なんですか?え?下僕がいるんだからやっぱり女王様?
「あぁ‥‥月‥‥お前って奴は‥‥相変わらず先輩思いの良い奴だなぁ‥‥
お、俺は間違ってた!お前と釣り合わないからって、
他の女で妥協しようと思っていた俺がバカだった!」
「とっとと結婚しちまえ!!」
「月ぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~っ!!」
「先輩?わっ‥‥!」
あ、でもその下僕が暴挙に出ようと‥‥‥
「ギャアァァァァッ!月に何しやがる、この野郎~~~~~!!」
「キャッ!?」
そんな周囲の勝手な憶測の中、
どうやら中学のテニス部の後輩であるらしい、
「ライト」と呼ばれた若者に懸想していたらしいA先輩は、
涙のカミングアウトに自己陶酔した挙げ句、
とうとう件の若者を大勢の客の目の前で押し倒しにかかった。
仰天した山元が取り押さえようとしたが間に合わず、
線の細い「ライト」なる若者の体が後ろにかしぎ、
その上にA先輩のちょっとメタボ気味な体がのしかかろうとした瞬間、
多少横っ腹が出っ張った先輩の体が華麗に宙を舞った。
おぉぉ~~~~!!と、店内に感動のどよめきが走る。
「だ、大丈夫ですか?先輩。
一応、床に直接落とさないよう気を付けたつもりなんですけど‥‥」
「自業自得だ、バ~カ」
そう、先輩はとっさに身の危険を感じた若者によって、
見事な一本背負いを食らわされたのである。
しかも、公衆の面前で後輩を襲った変態であるにも拘らず、若者は手加減をした。
その優しさにお客もスタッフも思わずホロリとなった。
あぁ、何て良い子なんだ‥‥何て優しい人なのかしら‥‥何て良い奴なんだ‥‥と、
誰もが思った。しかもしかも!
「貴方も大丈夫でしたか?すみません、僕のせいで怖い思いをさせてしまいました」
「い、いえ‥‥あ、あの‥‥ありがとうございます」
A先輩の突撃に巻き込まれ弾き飛ばされ床に転んでしまった女性スタッフを、
優しく助け起こすだなんて!
なんて‥‥何てジェントルマンなの!!と、店内の女性全員、目がハート型になった。
あの女‥‥殺す!ついでに嫉妬心がメラメラと燃えた。
「相変わらずだな、月‥‥」
「山元?これはいったいどういう事なんだ?先輩はどうして急に‥‥
映画化とか、結婚とか言ってたけど‥‥デスノートって、確か今話題の‥‥」
「!あわわわわっ!なな、何でもない!何でもないからっ!!
それより月、久し振りに会ったんだから場所を変えて話でもしないか?」
「あぁ、すまない。今日は連れがいるんだ」
「連れ?」
「竜崎だよ。お前も知ってるだろ?数学の準教授」
「!!!ゲッ、あの変態カエル!!!???」
「誰が変態ですって?」
そうして事の成り行きを店内の全員が見守る中、さらに新たな人物が現れた。
しかし、それは先の若者とは正反対の、
お世辞にもジェントルマンとは言い難い男だった。
「何やら騒がしいと思ったら、また貴方ですか、エセ幼馴染山元」
「バカヤロウ!俺は正真正銘幼馴染だっ!!」
「中学からのでしょ?
幼稚園からの純正幼馴染連中と比較した場合、貴方は『エセ』で充分です」
「だったら、大学からの付き合いのお前は何なんだっ!
しかも4年の時に突然押し掛けて来て!!」
「勿論、こいび‥‥」
「「言わせるかっ!!!!」」
酷い猫背にガニ股、黒いザンバラ髪は櫛を通した形跡が全くなく、
裸足に踵の潰れたスニーカーを引っかけただけの恰好は随分とだらしない。
コート代わりに着こんだ白衣も所々汚れたり穴が開いたりしていて、
男の不精な性格を如実に表しているかのようだ。
そんな、先に現れた若者とは見事に対照的な男は、
如何にも不健康そうな日焼けしていない肌に眉のない顔と言う、
何だか何処かで聞いたような見たような風貌で店内を見回しAと山元を見つけるや、
はっきり隈の浮かんだ黒いギョロ目を僅かに細めて、
嘲笑らしきものをその大きな口許に浮かべた。
それは何やら不届きな事を画策しているカエルのようで―――
あれぇ?マジでどっかで見た事無いか?こいつ‥‥と、
店内の客とスタッフ全員が思っている中、
やはり、不届き極まりない言葉を口にしようとした瞬間、
そのカエル男は怒りに燃えたAと山元によってド突き倒されていた。
それには何故だか女性記者と女性スタッフも加わっていて、
「あらやだ、私ったらどうして‥‥」
「今、何だか絶対聞きたくない言葉を聞かされそうな気がしたもんだからつい‥‥」
それを見た女性客全員が親指を上に付きたて『グッジョブ!』とサインを送った。
「大丈夫か?竜崎」
「大丈夫じゃないです、月君。顔が痛いです。ついでにケツと背中も痛いです」
店内の全員がカエル男なんかド突かれて当たり前蹴られて当り前と思っている中、
しかし、一人、先の若者だけは違ったようで、
彼はごく自然な動きでカエル男を助け起こしていた。
あぁ、やっぱり素敵な人‥‥‥という言葉が何処からともなく溜息と共に囁かれる。
「うわぁ、両頬が腫れて‥‥幾ら何でもやりすぎですよ、先輩。それに山元も」
「月君、手当てしてくだ‥‥」
「あぁ、大丈夫。お前なら象の下敷きになっても死なないから。
平面カエルになって生き延びるから」
あれ?何か今ちょっと不思議な台詞が聞こえたような‥‥‥
「ここは月君が傷口にチュウをして下されば直ぐにでも治って‥‥」
「焼けたフライパンを押しつけて欲しいって?」
「‥‥月君、早く食事にしましょう」
そうして、幼稚園の先生が園児達を叱るような慈愛に満ちた微笑みでAと山元を諌めた若者は、
同じ微笑みを厚顔無恥にも『キッス治療』を要求してくるカエル男に向けたのだった。
え~っと‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
何だろう。こっちも何処かで見た事あるような‥‥
そう誰もが思うほど、その頬笑みは黒くて綺麗だった。
「あぁ、その前にちょっと待って竜崎」
「何ですか?私、お腹が減ってるんですけど」
「食事の前に‥‥先輩と山元に聞いておきたい事があるんだ」
その瞬間、Aと山元は『今の内に逃げておけばよかった』と後悔した。
つい、久し振りに会った中学の後輩同級生の、あの頃より随分と大人びた、
そしてその分色気が増した微笑みに見惚れてしまったぁぁぁっ!!と、
心の中で叫びながら。
「二人はどんな理由で喧嘩してたんですか?」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」
答えられる訳がない。
「映画化だとか、デスノートがどうのこうのと言ってましたけど‥‥」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」
嫌な汗が額に浮かぶ。でもやっぱり答えられない。
あぁ、月‥‥!その慈愛に満ちた爽やかな微笑み、昔何度か見た事あるよ。
滅多にお目にかかれなかったけど、一度見たら決して忘れない、
トラウマ確定中毒必須な黒い微笑み!
あぁぁっ!それこそ、我らが母校○×中学アイドル夜神月の必殺技!!
女王様スマイルッ!!!
その微笑みの前では誰も逆らえない、校長までも下僕と化す!
とまで言わせしめた伝説の微笑み!!!!
「デスノートの映画化に反対なんだそうです」
「え?」
「「!!!!!!!!」」
そんな10年一昔前の懐かしい思い出に浸りそうになっていたAと山元だったが、
二人の現実逃避と言う名の懐古は、女性記者の要らぬ一言で木端微塵に吹き飛んだ。
「そこにいるAさんはデスノートを発行した雑誌の編集者で、
もう一人の人は原作者なんです。
デスノートはミリオンセラーの大ヒット作だから、
世間では映画化の話で盛り上がってるんですけど、
どういう訳か、原作者の大場先生が映画化に反対してるんです」
「‥‥大場先生ねぇ‥‥」
「あ、あはははは‥‥ほ、ほら、俺、高校時代は文芸部だったろ?
その名残でちょっとな?」
「それで?体育会系の先輩が編集者?変われば変わるもんですねぇ」
「俺の場合は職がなくてコネで‥‥ってか、
山元だって元は体育会系じゃないか!」
「俺は文化系です!毬栗頭はもてないからやめたんです!!」
「山元、お前がもてないのは毬栗のせいじゃなくて、
その軽すぎる性格のせいだと思うけど?」
「月ォォォォ!古傷を抉るなよぉォォォォッ!!」
「ところでデスノートって?」
「!知らないんですか!?今話題の小説ですよ!!」
「いや、知ってるけど。忙しくてまだ読んでないんだ」
「そうなんですか?勿体ない!ぜひ読んでください!!
とっても面白いですから!
特にキラ様が探偵Mを負かす辺りなんか、
本気で『神!』って叫びたくなりますから!」
「‥‥ふ~ん」
若者が微笑みを崩さないまま、
しゃしゃり出て来た女性記者(顔が赤い)の言葉を聞いていると、
外野から、
「何言ってんのよ!デスノートはMのキモカワイサが魅力なのよっ!」
と言う声が上がった。
「‥‥キモカワイイ‥‥」
「あ、気にしないでください。デスノートの主人公はキラ様ですから」
とたんに店内が二つに割れた。そう、キラ様ファンと探偵Mファンに。
あちこちで、キラ様がカッコイイ!いや、Mの方が個性的だ!
などなど、様々な意見が対立している。
「キモカワイイ、ねぇ‥‥」
そんな喧騒の中、
床に正座して畏まっている(何時の間に!?)A先輩と山元を見下ろしていた若者は、
さっさと席についてメニューを選んでいる連れの男の方に視線を移した。
その男は何故か、椅子の上に裸足の両足を乗せた格好で座っている。
ついでにメニューは指先だけでつまんだ状態だ。
あ~~~‥‥やっぱり何処かで見た事がある気が‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「ふ~ん‥‥そんなに君が薦めるのなら今度買ってみようかな?
でも、買いに行く暇が‥‥」
「!な、何でしたら私が本をお貸ししましょうか?
私、デスノートのファンで何時も本を持ち歩いてるんです」
興奮に頬を染めた女性記者が肩に掛けていたバッグから徐に2冊の本を取り出す。
新書版の「DEATH NOTE Ⅰ」と、
ハードカバーの「DEATH NOTE Ⅱ」である。
「わっ!何て余計な事を‥‥っ!!」
「おや?山元。僕がこの本を読むと何か不都合な事でもあるのかな?」
「!け、決してそのような事は‥‥」
「ふ~ん、そう?‥‥でも、酷い奴だよな。山元って。
サラリーマンをやる傍ら小説を書いてるなんて、
僕には一言も言ってくれないんだから‥‥
これじゃぁ竜崎に『エセ幼馴染』って言われても仕方ないかな?」
「そ、それは‥‥」
「じゃぁ、読んでいいんだな、この本」
「うっ‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
そんな一連のやり取りの後、先程から「ライト」と呼ばれていた若者は、
精巧な人形のように整った顔を女性記者に向け、ニッコリ微笑んで本を受け取った。
勿論「ありがとう」の一言を忘れない。
しかも、軽く女性記者の手に触れてそっと撫でて行くという心憎い演出までしてみせて。
そのとたん、女性記者は茹でタコのようになってヘナヘナと床にしゃがみこんでしまった。
白馬に乗った王子様って本当にいるのね‥‥‥
そんな妄想に取り憑かれた彼女の未来はちょっと暗いかもしれない
「またですか?月君。その無自覚なタラシ。
やめてくださいって、私、何度も言ったでしょ?」
「僕はいたって普通だ。そんな見方をするお前が捻くれているだけだろ」
いやいやいやいや、カエルの言う通りです!
そう思ったのは何もAと山元だけではなかった。
「さて‥‥山元の書いた話って、どんな話なんだ?」
彼は優雅に立ったまま先ずは新書版の「DEATH NOTE Ⅰ」から読み始めた。
「よしっ!チャンスだ!!月が本を読んでる隙に逃げるぞ」
「無理ですよ、先輩。月は速読が出来るんです」
「マジかよ‥‥」
そういっている間に月は瞬く間に1冊読み終え、早くも2冊目に取りかかっていた。
「素敵‥‥」
床に座り込んだまま、夢見る乙女の顔でそんな月を見上げる女性記者。
近くにいた女性客と女性スタッフも2ページ1秒の割合で本を読んで行く月に惚れた。
「ふ~ん、成程ねぇ‥‥」
そして、僅か5分と掛からず2冊の本を読み終えた若者は、
再び礼を言って女性記者に本を返すと、
問答無用の手打ちを覚悟し平民の如く畏まって正坐する先輩と幼馴染を見下ろした。
「ふふふ‥‥まぁまぁ、面白かったよ。山元、先輩。
確かに話題になるだけの事はあるかな?それなりにセンセーショナルな内容だと思う。
死神を味方に付けて世界中の犯罪者を裁く主人公。
その主人公を捕まえようとする探偵‥‥これってさぁ」
軽く片足に体重を移動しコートを掛けた手とは反対の手を腰に当て、
悠然と立つ姿が実に様になっている。
「高校の時に山元が僕に話してくれたアイディアだよね?
確か、トリックが上手くいかないから何かいいネタはないかって、僕に聞いて来た‥‥
あぁ、僕が話したトリックをまんま使った事にはとやかく言う気はないよ。
著作権だとか印税を何パーセント寄越せだとか、そんなみみっちい事も云わない。
僕は山元みたいな文才はないからトリックのネタは考えられても、
1本の話に纏める事は出来ないからね。
でも‥‥一言言わせてもらって、いいかな?」
「え?は‥‥ハァ、どうぞ、月様‥‥」
「‥‥‥‥‥‥どうぞ」
何気に暴露された真実に周囲が驚いているのにも構わず、若者は更なる真実を暴露した。
「『日中明』?何?このダサイ名前?
これってもしかしてもしかしなくても僕の名前をもじってる?
僕の名前が『夜』だからこっちは『昼』?
ついでに『月(ツキ)』に『日(ヒ)』を付けて『明』?
すんごいお手軽だよな。いい加減だよな。主人公なのに。
って言うか!この主人公、モデルは僕だろ!!
何勝手に人をモデルにしてるんだ!!」
えっと‥‥いまいち良く判りませんが、
もしかして美人さんは怒っていらっしゃるのでしょうか?
知らない間に自分が小説の主人公にされていた事‥‥‥
ってか、自分がモデルの小説の主人公の名前が、
自分の感性に合わなかったのが一番イヤ?
「そ、それはそのぉ‥‥
俺の周りで頭の良い美形って言ったら、月しか思い浮かばなくて‥‥
と、取り敢えず救世主、と言う事で喜んでくれるかなぁ~って‥‥」
「そうそう、キラ様だし」
「誰が喜ぶかっ!幾ら救世主でも法律的には殺人犯の主人公なんか!!
それに僕は目立つのが嫌いなんだ!知ってるだろ!?
それをこんな、知ってる人間が読んだら直ぐ僕だってばれる話をよくも‥‥っ」
「月君、貴方ねぇ、何時までそんな無意味な事を言ってるんですか」
「カエルは引っ込んでろ!竜崎!!」
「引っ込みませんよ。月君は根本的に間違ってます。
社会の底辺を支える人間になりたい?地道な努力が好き?
その言葉ほど貴方に似合わない言葉はありません」
うんうんと、山元&A先輩だけでなく、
店内に居合わせた者全員がカエル男の言葉に心から頷いた。
美人さんは美人さってだけで目立つ存在だ。
本人の自覚あるなしに関わらず、望むと望まずに関わらず。
しかも、今目の前にいる美人さんはそんな美人さんの中でも更に特別な美人さんだと、
誰もが嫌でも判るオーラを放っているのだから。
芸能界にでも入ったら眼福間違いなし!ついでに熱狂的ファンがワンサカ付きそうだ。
「貴方に似合うのは華やかなスポットライト、社会のシンボルになる事、そしてカリスマになる事。
それがどうしても嫌だと言うのなら、私の奥さんになって専業主婦として家に籠って‥‥」
「「「「「「「それを言うのが狙いか~~~~っ!!!!!!!」」」」」」」
そう誰もがカエル男の言う事に納得しようとしていた矢先、
トンデモ発言が飛び出し感心は一挙に怒りへと変わった。
やはり、このカエル男、外見同様中身も信用出来ない要注意人物であるようだ。
「お、お‥‥お前みたいな奴がいるから、僕は‥‥お前に何が判る!
幼稚園の頃から変態に悩まされている僕の気持が、お前に判って溜まるかっ!!」
うわぁ~~~それって‥‥‥ストーカーの気持ちが良くわか‥‥‥げふんげふん。
小さい頃から苦労したんだね、美人さん。だったら目立ちたくないって言う気持ちも判るよ。
でも、言っちゃぁ何ですけど、それ、無理ですから―――
これまた店内全員の気持ちが一致する。
「だ、大丈夫だって、月。お前の事知ってる奴はみんな黙っててくれてるから。
あの忌々しい純正幼馴染連中も、高校時代の連中も、大学時代の連中だってみんな、
キラ様のモデルになった奴を知ってる!
なんて、口が滑っても言わないから。安心しろ!!」
いえ、今ここでばれてますが?
「そうそう。世間にキラ様のモデルが月だってばれたら、
月の機嫌が悪くなるの全員百も承知。
それに、高嶺の花がますます高嶺の花になったら困るって全員思ってるだろうし‥‥」
高嶺の花?あぁ、そういう事。
確かに、こんな美人さんを芸能界が放って置くはずありませんもんね。
「僕の機嫌?ハッ、そんなの‥‥フフン、もし口を滑らしてみろ。
この僕が、この僕の知能の全てでもって、そいつを社会的に抹殺してやるから」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
こ、ここに‥‥女王様がいるぅ~~~~~~っっっつ!!!
その瞬間、またまた店内全員の気持ちが見事に一致した。
そして、その女王様は更なる不平不満を原作者と編集者にぶつけてくださった。
「だが今は、そんな命知らずの事はどうでもいい!」
言いましたよ、言い切りましたよ!命知らずって!!
女王様はいとも簡単に切り捨てましたっ!!!
「『お遊びは中学まで』!?何だ、このナルシー全開な台詞は!
これじゃぁまるで主人公がもの凄~~~く!イタイ奴に見えるじゃないか!!」
「で、でも、これは月が実際言ったセリ‥‥」
「あぁ、言ったよ、言った!これと同じ台詞を確かに言った!」
仰ったんですか!?女王様~~~~~っ!!流石ですっ!!!
「言ったけど、言った時の状況まで書かなかったら僕の真意が伝わらないだろ!!
ウィンブルドン!?プロになる気なんてこれっぽっちもないのに、
勝手に人の将来決めようとするな!
あんまりプロプロ煩いからさっさと引退宣言しただけだ!
高校受験を控えてる身だったし!」
「え~?でもお前、受験勉強なんかしなくたって大国楽勝だったじゃないか」
あ~、あれねぇ、あの台詞‥‥ナルシーで自信家の主人公にピッタリの台詞だったよねぇ。
小説のキラ様は中学時代陸上してたけど、そうか、実際のキラ様はテニスなのか。
それと、美人さんはかの有名な進学校『私立大国学園』ご出身ですか。
すると大学は東応大学ですね?
「それでも一応勉強はしなくちゃいけないだろ!世の中、絶対なんてないんだから」
真面目なんですね、美人さん。
そして、慎重派なんですね。人として、それは正しい姿です、美人さん。
「僕としては普通に部活を引退するだけのつもりだったのに‥‥それを‥‥
まさか大会の授賞式直後に言うはめになるなんて思いもしなかったよ!
それから『計画通り』!?ハッ!!計画して何が悪い!
直ぐに勝手するクラスメートを一つに束ねるために、
ほんのちょ~っと裏で工作しただけだろ!!
言っておくけど、金だとか物だとか、賄賂は一切使ってないからな!!
それを、さも極悪人のように書いてくれて‥‥どういうつもりだ!?山元!
事と次第によっては肖像権の侵害で訴えるぞ!」
あぁ‥‥美人さんのイメージがますます女王様で固定されて行く‥‥‥
クラスメートに裏工作?‥‥なんかその光景がありありと目に浮かぶようで怖いです。
あの綺麗な顔でニッコリ微笑まれて『君だけが頼りなんだ』とか何とか言われちゃったら、
ホイホイ言う事聞いちゃう気がします。うん、絶対!
「それに探偵M?世界の切り札?正体不明の名探偵?
猫背で隈男で引き籠り?ついでに味覚オンチ!?
ハァ!?全く何処かの誰かにソックリ!じゃないかっ!!
僕にアイディアを話した時は、そんな設定じゃなかっただろ、山元!」
「そ、それに関しては俺は反対したんだ!
仮にも月がモデルの主人公なんだから、そんな変人変態を相手役には出来ないって!
それを先輩が強引に‥‥!!」
「あ、山元っ!この野郎!裏切るのか!?お前だって最終的には納得したくせに!!
完璧人間の主人公対推理しか能のないダメ男!
絵的にも文章的にも最高の組み合わせだって!!」
「おや、遂に認める気になったんですね?
私と月君が最高のパートナーになれると。エセ幼馴染に親衛隊名誉隊長殿?」
「「誰が認めるかっ!変態カエルはケーキでも食ってろ!!」」
店内のお客とスタッフ全員が図らずも同じ想像をしていた時、
残りの一人が再びトンデモ発言を口走ってくれた。
貴様、さてはKYだな!?
「それはやっかみですか?自分が月君に頼りにされないからって僻まないでください。
私は月君が大学を卒業した今も、
こうして一緒にご飯を食べる仲ですけど貴方達は‥‥」
「「月ォォォッ!何だってこんな変態と飯なんかァァァァッ!!!!」」
「誰のせいだ、誰の!こいつが1週間前、いきなり僕の所に現れて、
運命だとか世間は求めているだとか訳のわからない事言って、
僕に手錠を掛けようとするから、
今日はその理由を聞こうとこうして人目の多い所へ連れて来たんじゃないか!
そうでなかったら誰がこんな変態偏食カエルと一緒に食事するか!!」
手錠と聞いて店内のお客とスタッフ一同がハッとなる。
あぁぁっ!そうだ、そうなんだ!!どうりで見た事のある顔だと思った!!!
「理由は聞かなくても判ったけどね!
何が『これをしている限り死ぬ時は一緒だ』だ!!
変態カエル!変人隈男!!まるで駄目男!!!生活無能力者!!!!甘味魔人!!!!!
小説の中の出来事と現実を一緒にするなっ!!!!!!」
「「「「「「「探偵M!!!!!!!」」」」」」」
美人さんの怒声が響いた直後、店内のあちこちから同時にそんな声が上がった。
「ふっふっふ‥‥やはりどう隠しても滲み出てしまうようですねぇ、私のこの知性は」
「「知性!?痴性の間違いだろっ!!!!」」
それに応えるかのように白衣のザンバラ髪男は徐に立ち上がるやカッコつけて片手を上げた。
酷い猫背ガニ股で‥‥‥全然ちっともサマになっていない。
そして、そのサマになっていない様子は、ちょっと色彩(茶色か黒か)が違うだけで、
まさにデスノートに登場する探偵Mそのものではないか!
そしてそして、かの美人さんも本人が言ってる通りキラ様そのもの!!
こちらも色彩が違うだけで、まさにっ!『完璧を絵に描いたような』キラ様である。
そういう事か~~~ッ!
互いの色を交換しただけでキラ様とMは実在の人物だったのかぁ~~~っ!!!
しかも!キラ様は新世界の神であると同時に女王様!!
まさにっ、まさに!『事実は小説より奇なり』だ~~~~っ!!
この時、店内に居合わせたラッキー極まりない人々の心は、
今宵何度目かの完全一致を果たしたのだった。
一方、ちんまり正坐していた二人の男達は猛然と立ち上がり全否定を開始した。
それはそうだろう。こんな見た目ドン引き(どうやら中身も相当らしい)男に、
同じ男とはいえ滅多にいない美人さんな幼馴染&後輩を取られたとあっては、
一生後悔するに決まっている。
「男の嫉妬は醜いですよ、貴方達。
月君に相応しいのはこの私だけだと、
世間の皆さんもこうして認めていると言うのに」
「それは小説の中の話だっ!誰が貴様みたいな変態を認めるかっ!!
月に一目惚れしてムリヤリ大学に押し掛けて、
準教授の席を奪いやがったエセ学者が~~っ!
卒業後まで月に付き纏いやがってぇぇぇぇッ!!!」
あ~、そうなんだ。現実の探偵Mは東応大の準教授なんだ。
しかも、押し掛け‥‥探偵Mより行動派?
「おや、認めたから探偵Mのモデルに私を使ったのでしょう?」
「あくまで!絵ヅラ優先だ!
インパクトの強さが読者を引き付ける要素だからそれを狙っただけだ!」
「ヤカンでお湯を湧かす事さえ出来ない奴がデカイ口叩くな!
カエルは大人しく大学の研究室に引き籠ってろ!!
むしろ、一生冬眠してろ、バカッ!!!」
「私をバカと言っていいのは月君だけです‥‥それを、よくも‥‥」
へぇ~ほぉ~、探偵Mをバカと言っていいのはキラ様だけですか‥‥
ふ~ん、やっぱりねぇ‥‥‥
とは、マニアックなデスノートファンの今現在の心境である。
そんな気はしたんだ、あの手錠生活‥‥そんな気はしたのよね、あの手錠生活‥‥‥
やっぱり探偵Mはキラ様に一目惚れかい!カエル探偵の初恋は新世界の神なのね!!
「‥‥‥‥‥る‥‥‥‥‥‥‥‥‥い‥‥‥‥‥‥」
「「「「「「「「「「「「「「「‥‥は?え?‥‥」」」」」」」」」」」」」」」
その時だった。
我らが(?)新世界の神(既に周知の事実?)が動いたのは。
デスノートに華麗に犯罪者の名を書く時の如く、
蝶のように舞い蜂のように刺す身のこなしで若者は3人の男達を投げ飛ばした!
「五月蠅いっ!黙れっっ!!」
ファミレスの狭い床にデデンと伸びたおバカな男達。
その一人の背中に情け容赦なく片足を乗せて女王様。
もといキラ様、もとい!美人さんは宣った。
「この、社会のゴミ虫どもがっ!」
‥‥‥何と言うか、キラ様、いえいえ女王様が仰ると、
そんな人に対して使ってはいけない言葉も全然OK!
むしろ妥当に聞こえるから不思議です。
「ラ、月ォォォッ‥‥そんなぁ、俺までぇぇ~~‥‥‥」
「あぁぁ‥‥久々だ、月の女王様モード‥‥!
想像通り素敵にパワーアップしてるよぉ~」
「ラ、月君‥‥私の月君‥‥」
原作者がさめざめと泣き、編集者恍惚とした表情でかの女王様を見上げる中、
ギリリと、美人さんの革靴がカエル男の背骨を軋ませる。
とたん、カエル男の口からグエッとかモゲェとか意味不明な、
しかし、悦に入った声が上がった。
誰も止める者はいなかった。怖かったからではない。女王様に見惚れていたから‥‥‥
ゴミ虫、いえいえ、カエル男を踏みしめるお姿が実に神々しいです、女王様っ!
「あ、あのぉ‥‥」
そんな中、2冊の本を抱えてボ~ッとしていた女性記者が我に返り、
意を決した顔で美人さんに声を掛けた。
「あぁ、すみません。僕の知り合いが大変ご迷惑をおかけしてしまいました。
今直ぐ処理しますからもう少し待っていてください」
「あ、いえ‥‥その‥‥」
貴方のお名前を‥‥メルアドを‥‥教えて欲しいだけなんですけど‥‥‥‥と、
彼女の目は雄弁に語っていたが、周囲は直ぐにそれと気付いたにもかかわらず、
肝心の美人さんは全く気付いた様子もなく、
徐に携帯を取り出すや何処かに連絡を入れた。
「もしもし‥‥えぇ、僕です」
いったい誰に電話をしているのか――― 耳をダンボにして聞き入るお客とスタッフ。
「えぇ、はい、御無沙汰‥‥と言うか、
確か昨日お会いしたと記憶しているのですが‥‥?
いえ、そうですね。30時間ぶりですね‥‥」
どうやら相手は目上の人間であるらしい。
しかし、何だか変な会話に聞こえるのは只の勘違い?
「実は、お願いが一つありまして‥‥いえ、たいしてお手間は取らせません。
ただちょっと、内密にゴミ虫の処理を手伝っていただけないかと‥‥
え?交換条件?
はぁ‥‥僕に出来る事でしたら構いませんが‥‥
いえ、無理をお願いしているのはこちらのほうです」
か、勘違いじゃないです!ヤバイです、美人さん!!交換条件って何ですか!?
それは俗に言う『罠』なんじゃないんですか!?
騙されちゃいけません、美人さん!いいえ、女王様っ!!
「‥‥‥明日、28日‥‥一緒に海に?‥‥え?大黒埠頭で密輸捜査‥‥?」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥もしかして、それって‥‥YB倉庫ですか?
うぉぉぉぉぉ~~~いっ!電話の相手も同じ穴のムジナかよっ!!
でもって、美人さんが既に「DEATH NOTE」がどんな話か、
知ってしまった事実に気付いてない!?
うぁ~、なんか判っちゃったぁ、電話の相手の思惑がぁ!
明日何にも知らない(と思っている)美人さんを大黒埠頭に連れてって、
と言うかエスコートして、
キラ様追悼集会に集まったファンの前で見せびらかすつもりに違いないぃいいっ!
パリッと清潔にスーツを着こなした美人さんは、
たとえ色違いとはいえ、先程の暴露話を聞かなくても、
誰もが『あの人、何だかキラ様に雰囲気似てない?』と思わせる容姿をしている。
加えて滲み出るオーラも新世界の神に、いやいや女王様に相応しい!
エスコート(連れて行くのではなく、あくまでエスコート)して行けば、
周囲の注目を集めるのは必至!
『俺は3Dキラ様と知り合いなんだぜ』
と、無言で自慢する気だぁぁぁっ!!!
う、う‥‥羨ましすぎるっ!!!ぜひっ!自分もその一行に加わりたいぃぃっ!!!
「‥‥‥判りました。急な仕事が入らない限り、お付き合いいたします」
い、いけない!美人さんが、何処ぞのオタクの餌食に‥‥!!
何て事を周囲の一般人が思っている中、
肝心の美人さんは素晴らしい笑顔で交換条件をのむと、
ファミレスの場所を告げて携帯を切ったのだった。
ちなみに、その素晴らしい笑顔とは、
老若男女が思わず見惚れてしまうほど爽やか且つ、煌びやかな笑顔だったのだが、
その背後には確かに黒いものが見えていて、
見惚れると同時に意識が飛びそうなほど物騒な代物であった。
「ラ、月‥‥?あ、あの‥‥今、何処に連絡を?」
「ん?僕の上司だけど?」
「上司?‥‥ゲッ!現親衛隊隊長っ!?」
「何ですとォォォッ!?」
「は?親衛隊?」
その笑顔に周囲の一般人が根こそぎやられている最中、
幾らか耐性のあったゴミ虫、もとい3人の男達は、
これから自分の身に降りかかる災難に逸早く気付き、
慌ててこの場から逃げ出そうとした。
「何かまだ僕に隠してるようだな‥‥あぁ、すみません、そこの貴方」
「は、はいっ!」
しかし、美人さんがそれを許すはずがない。
足の下にカエル男を踏みしめたまま、
素早く持っていたコートを振り回し残り二人の顔を打ち払うと、
痛みに呻いている彼らを取り押さえるべく近くにいた男性スタッフに声を掛けた。
「申し訳ありませんが、処理班が来るまでその二人を抑えていてくださいませんか?」
「「「はいっ!か、畏まりました~~~~~っ!!!」」」
何故かその頼みには、男性スタッフだけでなく隣の席の若い男性二人組も答えたのだが、
美人さんは驚きもせずニッコリ微笑んで加勢を受け入れた。
慣れてるんですね、美人さん。
世の男どもは皆自分のために喜んで働くものだと思っているんですね、美人さん!
「だから、無闇やたらとタラシ込むなとあれ程‥‥」
「黙れ、カエル」
ギシッと、音が聞こえそうなほど体重を乗せて踏みしだかれるカエル。
店内のそこかしこで『俺も踏まれてみたい』と言う、
陶然とした囁きが聞こえたが誰も何も言わなかった。
そうこうするうち、遠くから日常の平和を揺るがすパトカーのサイレンが聞こえて来た。
え?あれ?何処かで事件か?――― そう店内がざわつく中、
「チッ‥‥内密にって言ったのに‥‥」
ポツリと美人さんが呟いた一言を耳にしたのは、
取り押さえられた3人と取り押さえている3人と、
今だ本を抱えた女性記者だけだった。
『キ、キラ様が‥‥ここにキラ様がいる~~~~‥‥‥っ!』
その瞬間、彼らは絶対の自信を持ってそう確信した。
「あぁ、処理班が来ました」
「無事か!?月君っ!」
パトカーのサイレンが店の前で止まったと思うや否や、
どかどかと店内に押し入って来た制服の一団。
それは誰が見ても間違いなく警察官の一団である。
「えぇ、僕は無事です。彼らが店内で騒ぎを起こそうとしただけですから‥‥」
その一団を率いていると思しきスーツの中年男性が美人さんの言う上司なのだろう。
そして、編集者が言う所の親衛隊現隊長‥‥‥‥もしかしてもしかしなくとも現役刑事?
そしてそして、もしかしてもしかしなくとも!
3人の男達を引っ立てて行く警察官達は親衛隊員!
「うわぁ~~~っ!俺は無実だ~~~~っ!巻き込まれただけだぁ~~~~~~!!」
いえいえ、立派に元凶ですから。
「俺は名誉隊長だぞ!判ってるのか!?て、手加減してくれぇぇ~~~~~!!」
元凶その二が何を言う。
「判っています、月君。これは貴方が私に与えた愛の試練だと言う事ぐらい。
どれだけ早く私が釈放されるか、その手腕を試しているのですね。私、頑張ります」
二度と娑婆に出てくんなっ!カエル!!あ、探偵Mだっけ?
「皆さん、私の知り合いが大変ご迷惑をおかけしてしまい、
誠に申し訳ありませんでした。
彼らには私からきつく言っておきますのでどうか許してやってください」
ギャァギャァ煩い3人が制服の一団によって店内から強制排除された後、
ポカンと事の次第を眺めていた客とスタッフに一人残った美人さんが深々と頭を下げる。
「もう2度とこんな騒ぎは起こさせません。それは私が保証いたします」
そして、そのためにどんな仕置きが為されるのか、
彼らはこの時だけはあの3人にちょっぴり同情した。
「お店の方々にもご迷惑おかけいたしました。
後日改めてお詫びに伺いますので今夜はこの辺で‥‥」
いえ、そんなに気を使って戴かなくても‥‥と、
逆に頻りと畏まっている店長に名刺を渡す美人さん。
あの名刺が欲しい!と店内の誰もが思ったのは言うまでもない。
「では、皆さん。楽しいお食事をお続け下さい」
そうしてあくまで爽やかに、あくまで和やかに、
目の保養に尽きる微笑みを残して美人さんは立ち去った。
窓に鈴生りになって3人のバカ共がパトカーに押し込まれるのを確認し、
そんなお客とスタッフに気付いた美人さんが、
再度頭を下げ覆面パトカーの方に乗り込むのも目撃し、
彼らは漸く詰めていた息を吐きだし肩の力を抜く事が出来たのだった。
帰りはサイレンを鳴らす事無く夜の街へと消えて行く数台のパトカー。
あれに乗っているのは刑事と警察官と犯人ではなく、
女王様とその親衛隊と抜け駆けしようとしたバカな下僕‥‥‥‥‥‥
「生身のキラ様って‥‥‥」
誰かがポツリと呟く。
「「「「「「「「神、じゃなくて、女王様属性だったんだな(のね)」」」」」」」」
その後、都内の某ファミレスに、
『キラ様万歳!新世界の神万歳!!女王様万歳!!!』
というシュプレヒコールが何度も鳴り響いたのは言うまでもなかった。