負けるな!若造!

※これは「雛祭りのトラウマ(2009)」の続きのようなものです。
でもって「関東お月見会・超番外編」でもあります。
更に更に!ちょっとお下劣ネタなのでご注意ください。
でも、笑って許せる範囲だと思います(^O^)
当然のことながら、月ヨイショ!!です。
もう当たり前よね(^O^)/

 

 

日本にはやたらめったら旗日が多い。
旗日、つまりは国民の休日が。
そして、その最たるものがGWと呼ばれる5月上旬の数日間である。
多い時は5連休、少なくとも4連休はあると言う、
サービス業に従事する人間にははた迷惑な日。
だが、一般的に言って、子供にとっては学校に行かなくていい素晴らしい日だ。
ただし、部活動に勤しむ者にはやっぱり学校に行かなくてはらない日。
下手をすれば大会があったりする。
そうなると、親も朝早くから起きだして弁当を作らないといけないので、
やっぱり大変な日だ。
そう言う訳で、関東圏のとある中学にも、部活で登校を余儀なくされた生徒達がいた。
せっかくの連休だと言うのに。天気もいいのに。

「やってらんないよな」
「かったり~」
「お~い、この後どうする?コンビニでアイスでも買ってかねぇ?」
「ゲーセン行こうぜ、ゲーセン」

うららかな春の陽気の下、それなりに頑張って練習して汗をかいた野球少年達は、
上がっていいぞ~と言う顧問の教師の言葉を合図に、
ゾロゾロダラダラ道具の片付けに入った。
荒れたグランドは新入部員の1年生に任せ、2年生の自分達はボールとバットを集める。
一番偉い3年生は既に着替えのために教室へ戻ってしまった。
あぁ、早く俺達もあの身分になりたいよ――― それはどの部でも同じ体育会系の掟だ。
そんなこんなで体育館裏の用具置き場にボールやらバットやらベースやらを片付けた彼らは、
水飲み場で顔と手を洗って渇いた喉を潤した。
そんな彼らの目に、グランドのフェンスの向こうの住宅地が見えた。
ついでに、そこの一軒の家の庭に、何やら懐かしいようなそうでないような、
実はまだまだ身近な存在の、しかし、一年に一回しかお目にかかれない黒、赤、青の物体が、
心地良い春風にゆるゆるだらだらのほほんと泳いで(?)いるのが見えた。

「なぁなぁ、あれ、鯉のぼりだよな」
「うわ~、なっつかし~」
「今時あんなの立ててる家があるんだなぁ」
「僕ん家は、ベランダ用の小さい鯉のぼりだった」
「俺んとこもそうだぜ。弟がいるから今年も立てた。何かちょっとハズイよなぁ」
「買って貰っただけマシじゃん。俺んとこは姉貴と妹のお雛様しかないんだぞ」

そう、それはついこの間まで自分達もお世話(?)になっていた鯉のぼりである。
かったるい部活が終わって気が緩んだのか、
そろそろニキビが気になりだすお年頃の中坊達は、
俺はもう鯉のぼりなんか立てて喜んでる年じゃないんだぜ、
と言う無言のアピールを繰り返し、
その癖、頭の中では柏餅だとかチラシ寿司だとかを連想して無意味に空腹を助長していた。

「そうだよなぁ、今はGWの真っ最中だもんな。鯉のぼりぐらい立てるよな」
「俺んちは五月人形だ。そういやぁ、今年も爺さんが床の間に飾ってたな」
「俺は兜。でもって、昔それを被ろうとして頭に引っ掻き傷作った覚えがある」

いやいや、それは無理があるだろう。端午の節句に飾る兜は所詮お飾り。
小さすぎて一歳か二歳の赤ん坊にしか被れませんって。
案の定、そう告白した中坊君はチームメイト達にバカ呼ばわりされてしまった。

「仕方ないだろ、月にカッコいいとこ見せたかったんだからさ」

何ですと?何故にそこにその名前が出る?

「あぁ、その気持ち判る判る。俺も月を家に呼んで五月人形を自慢した口だった」
「僕もママに頼んで手作り柏餅作ってもらって月と一緒に食べた」
「ちょっと待て~~~~!」

そこにただ一人付いて行けない者がいた。

「何だよ、うるさいぞ、山元」
「そうだぞ山元」
「僕らの懐かしい思い出にしゃしゃり出て来ないでくれる?山元」
「そうそう、邪魔なんだよ山元」
「だ~~~~っ!何だよ、そのいきなりのシカトっぷりはぁ!?」

都内の某中学野球部二年生五人組。一応仲の良いチームメイトのはずである。
万年地区予選最下位のドンガメ野球部員ではあるけれど、
みんなそれなりに楽しく部活動に勤しむ仲だ。
そのはずだ、はずだった。今の今までは。

「だってな」「だよな」「そりゃあな」「仕方ないよな」
「だから何がどうなって仕方ないんだよ!」

それがどういう訳か、ある一人の共通の友人の名が会話に出たとたん一変してしまった。

「そりゃぁお前は今でこそ月のご近所さんで」
「俺達の中で一番月ん家に近いから最後まで月と一緒に帰れるし(羨ましいぜこの野郎)」
「親同士も仲が良いし」
「おまけにクラスも同じときやがった!」
「そこで逆切れか?逆切れするのか!?それは俺の方だろうが~!」
「「「「しかし!所詮は中学からの付き合い」」」」
「うっ」
「「「「俺達幼稚園からの純正幼馴染とは思い出の量で敵わないんだよ!!!!」」」」
「うぉぉぉぉぉっ!俺の唯一の弱点を~~~~‥‥‥!!」

頭を抱えガクリと跪いたメガネの毬栗君に、
他の四人の毬栗君達が勝ち誇ったように胸を張る。
‥‥‥‥‥‥これって、いったいどんな図?友情のもつれ?恋愛のもつれ?

「月ォォォ~~~ッ!不甲斐ない俺を許してくれぇぇぇ~~~~~!!」
「「「「勝った!!!!」」」」

いや、訳判りませんから。
これはもしかすると、とっても見慣れた光景かもしれない。
そう、いわゆる仲間同士にしか判らないおバカなスキンシップの一幕なのである。

 


「で?何なんだよ、お前らの月との楽しい思い出ってのは。
 鯉のぼりに関連した事なのか?」

場所は変わって駅前の某ハンバーガーショップ。
学校帰りの買い食いはいけません、と言われていてもそこは現代っ子。
時には平気で破ります。
だって、バイトのお姉さんが同じ小学校中学校の先輩ですから。
要はみんな地元民なんです。
ご近所さんもぬる~い目で見守ってくれてて学校へ通報なんか致しません。

「鯉のぼりっていうか、端午の節句?」
「だな。俺ら男の子の意地とプライドとドキドキを賭けた楽しくも厳しい思い出?」
「何じゃぁ~。そりゃぁ!?」
「山元も聞いたことあるだろ?」
「月の桃の節句のトラウマ」

それは知っている。
メガネの毬栗君、もとい山元君も話題の同級生から直に聞いて知っていた。

「僕達も軽くトラウマかもしれない」
「それくらい凄かった!」
「あぁ、幼稚園の時は見てるだけでも怖くて俺達何にも出来なかったもんな」
「叩く引っ掻く髪を引っ張る蹴るど突く噛みつく、しまいには物の投げ合いで」
「「「「俺(僕)達は月を真ん中にして杖の下に隠れてるしかなかった(もんな)」」」」
「お前ら、何かスンゲェ腰抜けナイトって感じ?」
「「「「山元は当事者じゃないからそんな事が言えるんだ!!!!」」」」

某マックの片隅のテーブル席に固まった黒服制服集団。
そろそろ成長期か?というむさ苦しさが滲み始めた男の子達は、
全員変声期を終えているせいで正しくむさ苦しく、かつ暑苦しかった。

「おまけに小学校に上がってからはそれが更にエスカレートして‥‥」
「あの頃の事を思い出すと、幼稚園の頃がおままごとか何かに思えてくるし‥‥」
「言葉による暴力が、まさか拳より痛いなんて‥‥」
「お前のかーちゃんデベソ、なんてレベルじゃないもんな‥‥」

何かを思い出しクッ!と涙を堪える毬栗君4人組。
その姿は一人ハブにされた毬栗山元君も思わず貰い泣きしそうな程の憐れっぷりだ。

「でも、仕方ないんだよ。相手が月だから」
「だよな。月だもんな」
「女の子達がマジになって当然だよな。あいつ、超優良物件だし」
「母親連中までマジだったもんな」
「‥‥なぁ、そんなに月って凄かったのか?」
「「「「幼稚園の時から優等生で完璧だった」」」」

うわぁぁ~~~‥‥それはそれで何か怖いですが、
相手が月かと思うと納得できます。
思わずテーブルに突っ伏す山元は中学からの知り合いで良かったかもしれないと思った。

「だってあの顔で、あの笑顔で『牛乳零れたら勿体ないよ』って言われて、
 ストロー刺した牛乳パックを口元に持って来て貰えるんだよ。山元なら断れる?」
「だってあの顔で、あの笑顔で『怖い夢見たの?僕も一緒に寝てあげるね』って、
 自分の枕持ってお昼寝布団の中に入って来てくれるんだぞ。お前なら断れるか?」
「だってあの顔で、あの笑顔で『この絵本が読みたいの。じゃぁ一緒に見よう』って、
 ピタッとくっ付いて朗読してもらえるんだぞ。お前なら断れるか?」
「だってあの顔で、あの笑顔で『おしっこ行きたいの?僕も一緒に行ってあげるね』
 なんて言われてみろ。お前なら断れるか?
 それでもってズボンとパンツまで下してもらえるんだぞ。断れるはずないだろ」
「‥‥‥断れません」
「「「「だろっ!!!!」」」」

訂正、俺も幼稚園の時に知り合いたかったです!純正幼馴染万歳!!
ってか、何だよそのパンツ下げて貰ったって!
まさかナニまで摘まんで『シ~』とかやって貰ったんじゃないだろうなぁっ!!??
だったら幼稚園より俺は今が良いです!ついでに指だけじゃなく口でも‥‥

「「「「お前、今、よこしまな事考えただろ‥‥」」」」
「え?」
「「「「顔に出てんだよっ!!!!」」」」

次の瞬間メガネ毬栗山元君の両頬にパンチが飛び、
テーブルの下では強烈なキックがかまされた。

「俺達はな!姦しい女達とは違うんだ!」
「そうとも!僕達はあんな野蛮な女達と違ってちゃんとした紳士なんだ!!」
「俺達は常に対等な立場で冷静に平和的に戦って来た!」
「それもこれも月が平和主義者だったからに他ならない!」

期せずして同時に立ちあがった4人の凸凹毬栗君達。
握り締めた拳がとっても熱いぞ。
でもって、とっても店内で目立っているぞ。
店に入ろうとした子連れのお母さんが慌てて引き返して行く程に。

「あの~、意味が判りません‥‥」

だから代わりに、ちょっと性少年らしい妄想をしてしまいボコにされた山元君が、
こちらを睨んでいるバイトのお姉さんにペコリと頭を下げて謝っておいた。

「俺達だってなぁ!毎年自分の家に月を呼んで端午の節句を祝いたかったんだ」
「でも、女の子達と違って必ずしも、
 鯉のぼりや人形を買ってもらえる家ばかりじゃない」
「国民の休日のくせに、女の子の桃の節句ほど祝ってもらえる代物じゃないのが、
 俺達男の子の悲しいお祝いの日なんだ。一昔前なら違っただろうけど」
「へたすりゃ柏餅だって買ってもらえないんだ!」

あぁ、お前は買ってもらえない口だったんだな。
姉ちゃんと妹は祝ってもらえたんだ。可哀想に。

「だから俺達は女達の浅ましくも浅墓な行動を反面教師にして考えた!」

あぁ‥‥当時は反面教師なんて言葉知らなかったんじゃねぇの?

「財力にものを言わせて月を家に呼ぼうなんて、そんな卑怯な奴は男じゃない!」

あぁ、そう言う奴がいたんだ‥‥それってもしかしてB組のあいつかな?

「財力体力学力、全ての垣根を打ち払い、
 正々堂々戦って勝利を勝ち取った者こそが男なんだ!」

あぁ、要するにお前の成績じゃぁ月には釣り合わないと、そう言う事だな?

「そして、真の男だけが月の手を取る事が出来る!」

あぁ、何か胸にグッと来るよ、そのフレーズ。
結局男はヒーローに憧れるんだよな‥‥

「で?お前らの主張は判ったが、それでいったい何が言いたいんだ?」
「「「「だからぁ」」」」

要するに、女の子達だけじゃなく男の子達も月をお呼ばれに誘いたかったと言う事だ。
しかし、彼らは女どもの戦いに怖じ気ついて喧嘩も口喧嘩もする元気が湧かなかった。
それに下手に喧嘩したら月に嫌われるかもしれない。
女どものお陰で逆に男の友情が深まっているのだから、
こんな素晴らしい誤解を解く必要もない。

「誤解って‥‥結局はお前らも下心有りかよ」
「「「「仕方ないだろ!月が一番可愛かったんだから!!」」」」
「認めます。ついでに中身も一番可愛いと思います。
 むしろ、将来良妻賢母確実です」
「「「「判ればよろしい」」」」
「で?お前らはどうやって月をお呼ばれに呼ぶ権利を決めたんだ?」
「俺達は『お呼ばれ』は無しにした」
「代わりにみんなでグランドに集まって『手つなぎ鬼』で遊ぶ事にしたんだ」
「手つなぎ鬼、って‥‥あの、鬼が捕まえた人間とどんどん手を繋いで行くっていう、
 あの手つなぎ鬼か?」
「あぁ、そうだ」
「それしかないないだろうが」
「あ~、う~‥‥何か判った。
 要は、勝った者が鬼になって、そいつだけが月と手を繋げる。
 そう言う事だな?月は一番端っこ。片手は空いたまま。だな?」
「「「「その通り!!!!」」」」
「ちなみに月は片手が空いてても、
 絶対逃げる奴を捕まえちゃいけないってのがルールだった」
「月と反対の端の奴が、そりゃもう意地になって逃げる奴を追いかけ回したっけ」
「そりゃそうだろ。だって、そいつが暫定『月から一番遠い奴』だったもんな。
 追いかけると言うより追い払う?
 まだ捕まって無い奴は月に近付きたくて必死だったからな」
「さらに言えば、5月5日以外の日に『手つなぎ鬼』で遊ぶのは、
 俺達の間ではタブーだった。
 破った奴は問答無用の『さらし者』と決まっていた」
「さらし者?」
「「「「そいつの恥ずかしい写真を撮って月に見せるんだ」」」」
「‥‥たとえばどんな?」

ちょっと嫌な予感‥‥

「「「「そりゃぁ、包○の証拠写真に決まってるだろ」」」」

うわぁぁぁっ!やられた奴に同情します。
ってか、小学生のくせにそんな残酷な事思いついた奴は何処のどいつだ!?

「「「「そんなの、月しかいないだろ」」」」
「は?」

ここでフリーズしなかったら嘘だ。

「だって、小学校の低学年で○茎なんて知ってたの月ぐらいだよ」
「俺達だって月から聞いて初めて知った」
「当時は男にとって恥ずかしいもんだって認識しかなかったな。
 実感したのは高学年になってからだった」
「中学生の今はもっと実感してる」

4人の痛ましい者を見るような視線が一瞬だけその告白をした者に注がれた。
いやいや、現段階ではみんな似たようなもんでしょ。

「まぁ、それを抜きにしても、たとえ同性でもナニを写真に撮られるのは恥だな。
 しかも、それを好きな子に見れた日には‥‥」
「「「「だろ?だから誰も協定は破らなかった」」」」
「お前ら‥‥‥偉いよ」

これは感心する事なのだろうか。たぶん、それでOKだろう。

「で?勝負は何で決めたんだ?ちょっと予想はしてみたけど」
「そりゃぁ‥‥」「あれしかないよ」「あれしかないよな」「あれが一番」
「‥‥‥‥‥‥ちなみに、イニシャルは『J』でいいか?」
「「「「いいんじゃない?」」」」

ジャンケンかよ!おい!!お前らバカだろ!?

「ジャンケンをバカにするな!」
「そうとも!たった一人の勝者を決めるのに3時間も掛ったんだからね!」
「長い長い戦いだった‥‥!」
「延々『あいこでしょ』を繰り返し、
 最後に残った奴は喉が枯れて立っているのもやっとだった」
「お、お前ら、まさか‥‥‥」
「「「「総勢、50人による同時ジャンケン!それはまさに地獄の大勝負!!」」」」
「やっぱりお前らバカだ」

 


「だってなぁ、マジで!月可愛かったんだぞ」
「そん所そこらのアイドルなんか足元にも及ばないくらい可愛かった」
「同級生の女どもがカスに見えた」
「将来絶対結婚したいと思った」
「「「「お袋(ママ)に『月君は男の子だから結婚出来ないのよ』と言われた時は、
    一週間泣いて過ごしたっけ‥‥‥‥‥」」」」

何やら静かになってしまった純正幼馴染四人組。
彼らの瞼の裏には今、
幼稚園や小学校の頃の憧れの子(注・男の子)の姿が映っているに違いない。
男の子、ってとこでかなり問題有りだが、それが何処の誰か知っているだけに、
その輪に入れないハブなメガネ毬栗山元君にはちょっと笑えない話だった。
だって、彼らの憧れの子は、今の彼の親友にしてご近所さん。
家族絡みでお付き合いしているクラスメイト、
顔良し成績良し性格良し、ついでにスポーツ万能、
器用でお料理上手で世話焼きな、優等生を絵に描いたような、
完璧という言葉が良く似合う『夜神月』だったからだ。
言っておくが、月は男の子。どんなに女の子に(中2の今でも)見えても、
立派に男だ。
胸はペッタンコだし、性格も時々ほれぼれするほど『漢』だし、
付いてるもんも付いている。
一緒に何度もトイレに行っているからそれは間違いない。
なお、ここで『スタイル良し』とならないのは、
それが月のコンプレックスに他ならないからだ。
全てに恵まれているように見える夜神月の唯一の欠点。
それはチ‥‥ゲフンゲフン、いやいや、まだ発展途上で背が伸び切っていないと言う事だ。
身長162cm ――― 実に可愛ら‥‥ゲホゲホゲホッ!
きっと伸びるとも!大丈夫!!
何せ彼の父親は刑事で、
月とは似ても似つかぬ(聞かなかった事にしてくれ!)タフガイだから。
将来はきっと月も‥‥‥‥‥‥‥‥今のままでいてくれぇぇっ!月ォォォォッ!!

(月を知る全ての男の子達の心の叫び ――― 代表・メガネ毬栗山元君)

「それにな、月のお袋さん。今から思うと『確信犯』だったとしか‥‥」
「あ~、僕も思う。あれって、絶対判っててやってたよね」
「だよな。うちの子が一番可愛いって、絶対思ってたよな。本当の事だけど」
「でもって、俺達を煽って楽しんでたんだぜ、きっと」
「月のお袋さん?」
「「「「今じゃ、妹の粧裕ちゃんも共犯なんじゃないかな?」」」」

そう言われて山元君にも気が付く事があった。

「もしかして月の奴‥‥昔っから着る服はお袋さん任せの妹任せ?」
「「「「その通り」」」」

あちゃ~、と言いたくなる。実際口に出して言ってしまった。

「だって、幼稚園の頃から絵本どころか、
 世界の少年少女文学全集なんか読むような子だったんだよ、月は」
「炎天下の外で帽子も被らず遊ぶ俺達に熱中症の危険を解くような奴だぞ、月は」
「幼稚園の先生の給料が如何に安いかを俺達に説明するような奴だぞ、月は」
「雛祭りや端午の節句の起源を園長先生のパソコンで調べるような奴だぞ、月は」
「「「「当時の俺(僕)達にはチンプンカンプンだったけど、
    あの時のこの世の者とは思えぬ存在に出会ったような感覚だけは、
    覚えている」」」」
「それって、人外って意味で?」
「「「「天使だ」」」」
「その心は?」
「「「「規格外」」」」
「納得」

月‥‥お前って奴は‥‥‥‥

「これ見る?」

そうして徐に出されたのは1枚の写真。
携帯ファイルに収められた幼き頃の月の姿だった。
何時でも見られるように古い写真をスキャナー撮りしてデータ―化したそうな。
立派にオタクへの道突き進んでるなぁ。
いやいや、今はそんな事はどうでもいい。問題は月の格好だ。

「これって‥‥月、だよな?」
「「「「どう見ても月だろ」」」」
「髪、長いけど‥‥」
「「「「小さい時はな、ショートボブだったんだ。お袋さんの趣味で」」」」
「何?このニーハイソックス。ジーンズのマイクロミニ短パンとの絶妙な組み合わせ。
 意図せず、かの『絶対領域』を形作っているのは気のせいか?」
「「「「時代先取りと言ってくれ。それもお袋さんの趣味。
    風が冷たかったんだ、その日」」」」
「白のロングTシャツは良いとして、何故に袖口と裾にフリンジが付いてるんだ?
 しかも、フリンジの先っぽに毛糸のボンボン?」
「それ、Tシャツじゃなくてカシミヤのサマーセーター。
 お袋さんが三越で買って来たらしい」
「凄かったよ。月のカシミヤ談義。やっぱりチンプンカンプンだったけど」
「フリンジはおそらくスカートの代わりだと思われる。目に毒だよな?
 フリンジの隙間から覗く短パンの裾と白い太もも。
 狙ってるとしか思えないよな?」
「ボンボンの方は、妹の粧裕ちゃんが『ウサギさんの尻尾みたいだぁ!』って、
 喜んだから泣く泣く無視することにしたんだと」
「それは判った‥‥けど、この髪止めは‥‥」
「それ、月手作りの七宝焼きのヘアピン。
 てんとう虫の赤が綺麗に出たって自慢してた。
 一応、粧裕ちゃんが付けるのを想定して作ったらしい」
「それを自分で付けてどうするよ。白のボンボンのピアスは?」
「それはマグネットピアス。
 取り敢えず、粧裕ちゃんに進められて着用した模様」
「恐るべしシスコン。どう見ても、ピンクのリップグロスしてるよな?」
「唇荒れに良く効くリップクリームだと、
 お袋さんに言われて塗りたくられたらしい」
「あの月を言い負かすお袋さんって‥‥赤のスニーカーは?」
「赤は戦隊ものの隊長の色、男の子の憧れの色だ!」

総合して、そんな格好でにこやかに笑っている月は、
何処からどう見ても女の子にしか見えない!

「5月5日にこの格好で小学校のグランドに来たんだよ、月。
 しかも、背中にしょった赤のリュックには天使の羽が付いていた」
「あの頃の月、英語に夢中でさ。
 英単語が付いてる物なら何でもお気に入りだったんだよな」
「途中で変質者に狙われなくて良かったなって、数年経ってから思ったよ」
「あ~、それな。俺、何年か後に粧裕ちゃんから聞いたんだけど、
 お袋さんがちゃんと尾行してたんだってさ」
「そのお袋さんがまた用意周到なんだって。
 この日に合わせて月をお菓子教室に連れてって『金太郎飴』を作らせるくらいだもん」
「「「「絶対!確信犯だから!!!!」」」」

もしかしなくても、月のお袋さんって、最強?
結局、王子様(ジャンケン勝者)とその他大勢(ジャンケン敗者)の小学生児童50名、
そしてたった一人のお姫様(?)による『手つなぎ鬼』の後、
月は羽根の付いた赤のリュック(Sweet Angelと言うロゴ入り)に入れて来た、
自前の金太郎飴を50人の男の子の友達に一人一個づつ配ったのだと言う。
勿論、凝り性の月らしく、飴は一つずつラップに包んであった。
しかも、勝者である鬼(一応心は王子様なジャンケン勝者)に渡す時は、
お袋さんに言われたとおり、飴の包みにチュウをしてから渡したそうな。

「「「「これで惚れなきゃ男じゃないぜ!!!!」」」」

しかし、悲しいかな。その1年に1度の『手つなぎ鬼』は、
小学3年をもって終了してしまった。
人当たりが良く友達思いな月も流石に『手つなぎ鬼』は恥ずか‥‥いやいや、飽きたらしい。
その陰で泣いた餓鬼どもが50人‥‥‥いやいやいや、きっともっと大勢いたに違いない。
当時の月は知識欲旺盛(どんな小学生だ)で新しい事を覚えるのに夢中だった。
だからと言って家に閉じこもる事はなく、

『健全な精神は健全な肉体に宿る』

という親父さんの教えの下、
ごく普通に友達と付き合い、ごく普通に外でも遊んでいた。
ただし、その格好は『スカートを穿いてない』と言うだけで、
何処からどう見ても女の子にしか見えなかったらしい。
ファッションやら芸能やらにはトンと興味がなかった(今もその傾向強し)月には、
「スカート」「フリル」「リボン」の3大タブーさえ犯さなければ何でも良かったのだ。
母親に言われるまま、無邪気な(何処から何処まで?)妹にせがまれるまま、
手渡された衣服を無頓着に着ていた(しつこいようだが、今もその傾向あり)。
そんな月も小学4年生になると、一応世間体(?)を気にするようになったか、

『僕達もう鬼ごっこなんかする年じゃないよね』と、

さり気なく話を持ちかけて来た友人に、毎年の恒例行事を断ってしまったのだと言う。
以来、端午の節句には誰かの家でゲームをしたりTVを見たりするようになった。
当然、あの素晴らしく魅力的なファッションが披露される回数も少なくなった。
いやいや、今でも時折町内を、もの凄い格好で歩いてます夜神さん家の月君は。
妹さんが小生意気なお年頃ですから。
美人なお兄さんを着飾らせたくて仕方ないらしいです。
そう言えば、お袋さんが何時だったか言ってたな。

『月が女の子だったら粧裕と二人、
 姉妹デュオとして芸能界にデヴューさせたのに』

あの時は本当に!残念そうだった。
どうやら姉妹でなくてもデヴューを狙った事があるらしい。
しかし、幸か不幸か月の将来の夢は『お父さんみたいな立派な刑事になる』だった。
従ってそれだけは、日頃素直な良い子の月も頑なに拒否したのだと言う。
見た目は女の子だけど、中身はすこぶる男前です夜神月。

「あ~、いたいた。たぶんここだろうと思った~」

そんな懐かしい思い出話に毬栗君達が心地よく浸っていた時、
話題の人物の楽しそうな声がいきなり耳に飛び込んで来た。

「「「「ラ、月!?どうして此処に?」」」」
「月、テニス大会は?まさかお前負けたのか?」
「何言ってんだよ山元。今日は女子の応援だって昨夜言ったろ。
 男子は昨日で終わってるよ」

それはテニス部所属の我らがアイドル(って言っていいだろう)夜神月君だった。
その後にはぞろぞろと金魚の糞宜しく同じテニス部の2年生が続いていたが、
生憎幼馴染達には見えていなかった。

「残念ながらシングルもダブルスも1回戦負けしちゃって今戻って来たとこなんだ」

そう言ってちょっと悲しそうに微笑んだ月は、
中2の今なお、女の子にしか見えなかったりする。
だってそうだろう!
何だって一人だけ体操服の短パン穿いてんだよ、月!周りの奴らはトレパンなのに!!
真っ白のハイソックスはやっぱりお袋さんの趣味か!?普通くるぶしソックスだろ!!
しかも、上に着こんだトレシャツが妙にだぶついてるし!
何っ!?隣の奴に替えのトレシャツを借りた!?自分のはお茶零されて濡れた!?
狙ってやっただろ、こいつぅ!グッジョブだぜ!!
それより、そのヘアバンドは何だ、ヘアバンドは!!
後ろは大きな蝶々リボンだし、
端っこはやたら長くて背中まであるし(可愛らしすぎるぞ)!
は?応援の鉢巻き?取るの忘れてた?もしかして大会会場からずっとしたまんま?
その格好で電車乗って来た?誰か教えてやれよ。

(気付いてても、誰も注意しなかったんだな。判るぞ、その気持ち!)

何々?鉢巻の端っこに『○○中学テニス部』ってマジックで書いてあるけど‥‥
そうか。これがあるから『応援鉢巻』と言われて素直にしたんだな、月。
だがな、月。お前にこれを進めた奴らの意図は全然!違う所にあるから。
あぁ、でもいいよ。お前はそのままで。一生気付かなくていいから。
頭良いくせに変な所でウッカリさんな月でいてくれ。
相変わらずバッグにいっぱい付いたマスコット人形が眩しいよ。
全部粧裕ちゃんからの『勝利のおまじない』だったな。うんうん、判ってる。
兄貴想いの良い妹だよ。ちょっと『腐女子』入りかかってるけどな。

「じゃぁ、みんな。また明日、学校でな!」
「「「「「またな」」」」」

そして、飲み物やらバーガーやらを買った○○中学男子テニス部員達は、
一番小さくて一番可愛い、しかし一番強いテニス部エースをグルリ取り囲むようにして、

(それはあたかも人気アイドルを護るガードマンのようであったと、
 駅前商店街の皆様は来る客来る客に面白おかしく語ったと言う)

鼻の下をだらしなく伸ばしたまま中学校方面へ引き上げて行った。


「俺‥‥何でテニス部に入らなかったんだろ‥‥」
「テニス部に入ってりゃ、毎日あの恰好が拝めたのに‥‥」
「毎日一緒に買い食い出来たかもしれないのに‥‥」
「試合で勝つたび『やった~!』とか言って抱きついて、
 堂々とハグ出来たかもしれないのに」
「俺、結構やってるから別に野球部でもいい」
「「「「何ぃぃぃぃっ!!!!」」」」

しまった!ついうっかりばらしちまった!!

「いや、ほらな。一緒にゲームとかするだろ?その時にな。
 ハグと言うか、殴りかかる振りすると言うか、
 そのまま押し倒してプロレス技掛けて‥‥
 ほら、男同士の他愛ないスキンシップってやつだよ。月も笑って技返ししてくるし」

ますます墓穴掘りだぜメガネ毬栗野球小僧!

「「「「エセ幼馴染め‥‥許すまじ!!!!」」」」

次の瞬間、再び彼の両頬にパンチが飛びテーブルの下でケリがかまされたのは言うまでもない。

 


その数年後、毬栗君だった野球少年達は無事髪も伸びて女の子と付き合うようになった。
しかし、そんな彼らが『今まで会った中で一番可愛い子は?』と聞かれた場合、
全員共通してある一人の子の姿を思い浮かべてしまうのは良い事なのか悪い事なのか。
冗談でも本人の前では決して言えないだろう。

『俺の初恋はお前だったんだぜ、月』だなんて。

その初恋の君は男友達全員の願い虚しく、いやいや本人の願いどおり背も伸びて、
甘いマスクの超イケメン君に成長してしまいました。
今では着る物にもそれなりに関心が行くようになって、
女々しい服装は、たとえ母親や妹に進められても着なくなってしまったそうな。残念。
しかし、そんな事ぐらいでめげないのが日本男児。
彼らは密かに、とあるサイトに日参し『初恋の君』の艶姿(?)を拝んでいる。
ご家族提供秘蔵アルバム!
理解ある(?)ご家族(父親除く)で良かったな、諸君!!

「夜神月、一生愛す!!!」

野太い叫び声が、今夜も何処かで響いている。あぁ、平和なり我が日本。

 

 

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