その名も関東お月見会


その一


「月君!好きです!私と結婚を前提にお付き合いしてください!!」

5月のある晴れたうららかな日、世界の名探偵Lは何をとち狂ったか男に愛の告白をした。
相手の名は夜神月。
頭脳明晰、眉目秀麗、スタイル抜群、運動神経レベルMAX、
ついでに良妻賢母(僕は女じゃない!)な華も恥らう18歳の少年だ。

「竜崎、何を行き成り‥‥僕たちまだ知り合って一ヶ月しか‥‥」
「愛に時間は関係ありません!それに行き成りでもありません、ずっと考えてました!」

それって何時からだ?センター試験の時からか?それとも入学式の時か?
ま、まさか!監視カメラで見た時から、とか言わないだろうなぁ!!
き、貴様ぁ~!この18年、私が月を守るのにどれだけ苦労したと思ってェ‥‥!!
局長!落ち着いてください!また血圧が上がりますよ!心臓に負担が!!

「貴方を知ってから、私の頭の中は貴方の事ばかり。私、もう貴方なしでは生きていけません!」
「それって、僕がキラ容疑者だから?」
「勿論それもありますが、決してそれだけではありません」
「フフ‥‥竜崎。この正直者め」
「は?何か?」
「いや、続けて」
「ですから、私はただの一人の人間としての夜神月に惚れたと言っているのです」

場所は某ホテルの一泊50万もするスィートルーム。周りにはむさい背広の男が数人。
そんなもの畑の南瓜とでも思えば気になりません。美しい思い人の引き立て役です!
あぁ、いえ、ただ一人、彼の父親である夜神総一郎だけは気にしないといけませんか。
おや?顔色が良くありませんね、お義父さん。大丈夫ですか?
キャッ!お義父さんって言っちゃいました!これって将来のための予行演習ですね!

「僕の何処が気に入ったの?もしかして顔?」
「はい!」
「‥‥ついでに体も、とか?」
「ははは、はいっ!」
「って、僕はまだそこまで許してない!」
「もう辛抱堪らんとです!!」

月ォォォ!父さんはそんなふしだらな子に育てた覚えはないぞォォォォ!
局長!だから月君はまだ体は許してないと!!

「でも、唇は許してもらえました」

うがぁぁぁぁぁぁ‥‥‥っ!!!!
あぁぁ、局長がまた心臓発作で!

「僕は、僕の両親を大切にしてくれない男と付き合う気はないよ」
「ワタリ!直ぐに夜神さんを病院へ搬送しなさい!勿論、病室はVIPルームです!
    医療スタッフも最高の人材を集めなさい!」
「ありがとう、竜崎」
「いえ、これも私の愛です」

未来の恋人にして未来の妻の父、ここで退場。付き添いでアフロも退場。

「とにかくそういうことですから、私とお付き合いしてくださいますね?」
「竜崎‥‥」
「それとも、私がお嫌いですか?」
「そんなことない。好きだよ。お前、今まで僕の回りにいなかったタイプだし、話は合うし、
 ちょっとその、見た目爬虫類っぽいけど、そこがまた個性的で可愛いかなって思うし」

ラ、月君の趣味って――― 松田ァ!ちょっと京都まで一っ走り八橋買ってこ~い!
ヒエェェェ~~!竜崎、あんまりですぅ‥‥!ここでおバカな男退場。

「では何の問題もありませんね!これで晴れて私は貴方の恋‥‥」
「でも!」
「はい?」
「でも、お付き合いは出来ない」
「はいぃぃぃぃっ!?」

な、何故ですか!?貴方今私のこと可愛いって言いましたよね?
カエルはタイプだって言いましたよね?
好きで好きで堪らない、今直ぐにでも私のものになりたいって言いましたよね!?
「そこまで言ってない!」

あぁ、相変わらず貴方の右ストレートはステキです。
いえ、ここでダウンしている場合ではありません!
何故月君が私の手を取ってくださらないのか理由を聞かねば!!

「‥‥竜崎、実は僕‥‥」

あぁ、伏せ目がちな瞳に長い睫の影が落ちて奇麗ですゥ。

「呪われてるんだ」
「は?」

何だか今時代錯誤的発言が月君の口から飛び出したような気がしますが‥‥‥

「僕を好きになった男は、必ず不幸な目に合うんだ。だから僕は竜崎とは付き合えない」

それって、私の身を心配してくださるって事ですか?
あぁ、貴方が私のために流す涙の何と美しいことか!
月君、泣いてないと思いますが――― 模木さん、聞き込みに行って来て下さい。
これで漸く邪魔者がいなくなりました。

「呪いだとか不幸だとか、何をバカな事を。ただの偶然でしょ?」
「違う!全部事実だ!僕を好きだと告白してきて、僕が付き合いを承知した男達は、
 みんな次から次へと不幸に見舞われた。
 最期には『俺は神に愛された月に相応しくない男だ』とか言って、去って行った。
 この僕が振られるなんて、信じられない!呪いとしか思えないよ!」

って、月君。貴方さり気無く自慢話してません?っていうか、それって男限定ですか?
しかも一人二人じゃなさそうな口振りですが。

「女の子とはちゃんとラブラブな日々を過ごしたよ。
  でも、僕の方で直ぐに飽きちゃって別れたんだ」

やっぱり自慢話ですね。
ヤダなぁ、竜崎。僕が老若男女にもてるからって妬くなよ。今更だろ?
はい、今更です。ってか、自慢話が更にパワーアップしてますが‥‥‥
だって、全部本当の事だし。
えぇ、知ってます。近場の女子大には軒並み貴方のファンクラブが出来てますよね。
東応大の自治会では教授陣の魔の手から貴方を守るよう運動部に指示を出してますし、
その教授会も抜け駆け禁止が暗黙の了解らしいですし、
学食のおばちゃんと裏通りの東応大生行き付け食堂のおばちゃんが、
貴方がその日に食べたメニューを、
『美少年の胃袋』というホームページで密かに公開しているのも事実です。
え?そこまでは知らなかったよ、僕。
貴方、そのサイトの人気№1美少年ですから。暇な専業主婦のアイドルです。
小食過ぎないかって、心配されてますよ。
今度おばちゃんに言って食事代安くしてもらおうかなぁ。
プライベートの侵害だもの、損害賠償要求してもいいよね。
あぁ、そういう計算高い貴方も愛してます。

「そんなことより!呪いなんてただの偶然です!気のせいです!!
 それに、私カエルですから、そんなもの、へ!でもありません!!
 好きです!愛してます!月君!!
 相思相愛だと判ったからには、絶対私とお付き合いしていただきますからね!!」
「竜崎‥‥そこまで僕の事‥‥」

キラ確保のためにもこれは譲れません!!
ハハハ‥‥判った、付き合うよ。
お前がどんなに不幸な目に合おうと別れてやらないからな。覚悟しろよ、L。
あぁぁっ!出たっ!月君の黒い微笑み!
私、一日一回は貴方のキラスマイルを見ないと調子が出ません。
そういう意味でも絶対お付き合いいたします!

 

そういう訳で、世界の切り札Lと将来を期待される夜神少年とのお付き合いが始まった。
果たして呪いとやらは本当にあるのか。
何やらそこはかとなく先が読めてしまう展開だが、気にせず話は続くのです。
果たしてカエル探偵の運命や如何に!


 

その二


5月のある日、世界の切り札探偵Lの初恋が実り、彼は恋人いない暦2X年を無事卒業した。
彼としてはその日から早速ラヴラヴチュッチュな(何だ?それはっ!)お付き合いを始めるべく、
愛しい恋人(なりたてホヤホヤ)を寝室へ連れ込もうとしたのだが、

「お父上が入院なさっているというのに、何を考えていらっしゃるのですか」

と、忠実なる執事にプシュッと1発尻に吹き矢(注!麻酔仕様)を撃たれ未遂に終ってしまった。
クッ‥‥邪魔者は全て排除したと思ってましたのに、
私としたことが、ワタリの存在を忘れてました。迂闊でした。
朝起きると、まだ一度も使った事のないビッグマグナム(新事実発覚)が元気一杯愛を叫んでいた。
それを宥める虚しさに、ふと、これが月君の言っていた呪い?
な~んて一瞬考えてしまったカエル探偵だったが、そこは目的のためなら手段を選ばない男、
ゴーイング・マイ・ウェイは今に始まった事ではなく、
すぐさまそんな事は忘れ意気揚々と出かける準備を始めた。
そう、愛しい恋人との楽しいキャンパスライフを送るために。
大学の校門を二人一緒にくぐる所から始め、手に手をとって教室へ。
ほら、流河、こっち空いてるよ。
月君が奥に座ってください。
僕が?
私以外の人間が貴方の隣に座るのは嫌なので。
流河ったら‥‥安心して、僕には流河の事しか見えてないから。
私も貴方の事しか‥‥‥

「L、着きました」

おっといけない、妄想に耽っている間に大学に着いてしまいました。
さて、後は月君が来るのを待つだけです。
しかし、待てど暮らせど夜神月は来ない。

「何かあったのでしょうか。電車が事故で遅れているとか‥‥風邪を引いて今日はお休みとか」
「もしかすると、お父上の病院に寄ってから登校なさるおつもりかもしれませんね」
「そ、そうか。彼は家族想いだからな。ワタリ、病院に連絡を。確認してください」
「はい、L」

ところが、夜神月は病院には立ち寄っていない事が判明。

「ラ、月君の身に何かよからぬことが‥‥!?
 まさか登校途中の電車内で痴漢に会い、そのまま拉致監禁されたとか!!」

(それが貴方の密かな願望ですか‥‥L。おいたわしや‥‥)

無表情のまま真っ青になったLが居ても立てもいられずリムジンから飛び出した所へ、

「あれ、流河。こんな所でサボりか?確か月と同じ講義取ってなかったっけ?」

ちょうど月の学友(Lは名前も覚えていない)が通りかかった。

「貴様ァ!何ナチュラルに月君を呼び捨てしてますかぁ!
 呼び捨てにしていいのは恋人のこの私だけです~~!」
「!ゴフッ‥‥」

直後、学友の下顎にLのディバイン・キャノンが炸裂!
って、ジャンル違うっしょ。しかも、カポエラでもないし!

「月君相手ならこのまま掌握で股裂十字固めに移行したい所ですが、
  むさい男にはこれで十分です」

いや、その前に風神拳で返り討ちにされますから。

「ところで貴方のその口振り、まるで月君とたった今会って来たかのような言い方ですね。
 そうなんですか?まさか貴方が月君を痴漢、及び拉致監禁した犯人ですか!」

(素晴らしい推理です。と言いたい所ですが、それはただの八つ当たりですよ、L)

チン(下顎)に強烈な蹴りを喰らい地面に長々と伸びた男に答えられるはずもなく、
Lはクルリと振り向き男子学生の友人を無表情に睨みつけた。
その余りの不気味さに血気盛んなはずの若者達が全員逃げ腰になる。

「貴方達、何か知ってますか?」

ブルブルと首を振るだけの学生達に業を煮やしたLがポキリと指を鳴らす。

「ヒィィィ~~‥‥や、夜神なら第3講堂に行ったはず~~‥‥」
「第3講堂?いったいそんな所で何を?」
「何って、講義を受けるために決まってるだろ‥‥」
「!まさか、教授に脅されて‥‥!」

いや、普通に講義してますから。

「月く~ん!今貴方の愛するナイトが助けに行きますよ~~!」

日頃の物臭振りなど微塵も感じさせず猫背のまま脱兎の如く走り去るL。
彼は気付いていない。
大学前にナンバープレートを隠したリムジンがずっと停まっていたら、ものスゴ~ク目立つ事に。
朝っぱらからその話は、まるで都市伝説の如く学生達の間を飛び交い、
女子学生の間に要らぬ不安を広がらせた。
(どうやらヤクザ屋さんと間違われたらしい)
当然の如く自治会にもその情報は齎され、
登校途中の夜神月は運動部の猛者達に保護され無事裏門から大学に入ったのだった。
(L、どうやら自治会のターゲットは教授陣から貴方に移ったようです)
それを腰を抜かした学生達から聞き出したワタリは、
名探偵の前途多難な恋路を憂いそっとハンカチで涙を拭った。

「おや、私としました事が」

そうして振り返ると、無情にもリムジンが駐禁でレッカー移動させられている所だった。
面白がってナンバープレートを隠すんじゃなかった、と後悔しても後の祭り。

「車内に身元の割れる物は何一つありませんから、
 後で松田にでも交通局まで取りにやらせましょう」

厄介事になる前にさっさと姿を消したワタリ。流石は名探偵の助手である。
何気に松田を呼び捨てはご愛嬌だろう。
その後何とか月と合流を果たしたLは、いつも通り彼をホテルに誘った。
しかし、校門前にリムジンはなく、仕方なく公共交通機関で帰らざるをえなかった。
私、電車に乗るのは5年ぶりです。デートです!嬉しいです!今度ハトバスとやらにも乗りましょう!
そう言ってはしゃいでいたのも束の間、
平日の日中にも拘らず改札で人混みに引っかかったLは敢え無く迷子になってしまった。
一人山手線に乗り何時間もグルグル回っていたLを回収したのが、
ワタリにお使いに出された松田だったのは、L一生の不覚だろう。
そして、それがLの不幸の始まりだった。

 

次の日から明から様な、かつベタな不幸がLを襲う。
学食で誰かにぶつかったと思ったら頭からコーヒーを被っていたり、
トイレの個室に入ったはいいが何故かドアが開かなくなってしまったり、
行き付けの喫茶店で注文した抹茶ケーキが何故かワサビケーキになっていたり、
珍獣研究会なるクラブの勧誘を受け、流河にピッタリだと月にからかわれたり、
おかっぱに眼鏡の変な女からラヴレターを貰って月が焼餅妬いたのは嬉しいが、
その後三日間口も利いてもらえなかったのはとっても辛かったり、
仲直りに高級レストランを貸しきってディナーを食べに行ったら、
翌日酷い下痢になり一日中トイレから出られなかったり、
腹が立ってレストランを訴えてやると意気込んだが同じ物を食べた月は全く平気なので、
詐欺だ!タカリだ!と逆切れされ、
都内高級飲食店組合のブラックリストにしっかり名前(もちろん仮名)を乗せられ、
以後、何故か何処のレストランからも貸切を断られてしまったり、
いつもの如くリムジンで大学に向かおうとしたら、何故か信号が赤続きで1時間も遅刻したり、
集めた情報を元に月の好物を1年分送ったら、親子してさんざん厭味を言われてしまったり、

(やはりコンソメポテチにしておくべきでした。
 誰ですか、月君がくさやの干物が大好物だなんて言ったのは!)
(え?粧裕ちゃんから確かそう聞きましたよ、僕)
(松田‥‥夜神家から送り返されたくさやの干物、責任持って処分しなさい!
 当然、捨てるなんて罰当たりな事は許しません!!)
(ひぇぇぇ~!そんな殺生なぁ!僕、あれ苦手なんです~~!)
(松田ァ!それでも江戸っ子か~~!)

極めつけはホテルでのエレベーター事故。
その日も大学に向かうべく地下駐車場にスィート階専用エレベーターで降りようとしたLは、
ドアが閉まるやいなや急激に落下した箱の中で一瞬天井まで浮き上がり、
3秒後には踏み潰された蛙の如くベシャリと床に落ちていたり‥‥‥‥‥‥‥

「竜崎、痩せた?」

あぁ、不幸も時にはいいものです。貴方に膝枕をしてもらえるなんて。

「隈も酷いし、顔色だって蒼を通り越して土気色だし」

あ、それは元からですから。

「何より、一日に食べるケーキの量が10分の9にまで減ってるし‥‥」

ソファの上で女よりはちょっと硬いけれど、
でも形のよい月の太腿をスリスリ撫でるカエル探偵の姿に
つい先日退院したばかりの夜神総一郎が額に青筋を立てて拳を握り締める。

「やっぱり呪いのせいで不幸な目に合ってるんじゃ‥‥僕達、別れた方が‥‥」
「ななな、何を仰るんですか!私は何ともありません!この通りビンビンしてます!」
(ピンピンの間違いでしょう、L)
「だったら僕が持ってきた差し入れ食べられる?」
「勿論です!」

ガバッと跳ね起きたLの目に映ったのは既にテーブルに用意された美味しそうなケーキ。

「いただきます」

あぁ、月君が買って来てくれた大好物の苺のショートケーキ。美味しそうです。

「竜崎、いくら何でもちゃんと噛まないと‥‥」
「うっ‥‥!」

嬉しさの余り大きく開けた口にポイと放りこみ、ろくに噛みもせずゴクリと飲み込んだ瞬間!

「わぁ~!竜崎、竜崎ィィィ~~!ワタリさ~ん!Lが苺を咽に詰まらせました~~!」

その日Lは天国の門を見た。
門の向こうで手招きしていたのは月の顔をしたキラ。
後に、もう少しで向こうへ行ってしまいそうになりました、と告白したLが、
笑顔の月に風神拳で吹っ飛ばされたのは言うまでもない。

 

竜崎、本当は僕、風神拳よりワンダフルメキシカンコンボの方が得意なんだよ。
つ、次はぜひ!そそ、そちらでお願いします!!!
言うと思った‥‥‥

 

※「鉄拳」大好き!Nは冷血御曹司使いです。


 

その三


「呪いなんて信じません」
「しかし、竜崎。その顔はどう見ても呪われてるとしか‥‥」
「信じませんったら、信じません!」

既に何度ホテルを変えたか判らない。
行き成り空調が壊れて豪華スィートルームが熱帯になってしまったのは2週間前。
最上階のエレベーターが全部故障中で大学に行くたび何十階も自力で昇り降りし、
流石に嫌になって夜神月を呼びつけたらたった一日で「もう行かない」と言われてしまい、
仕方ないのでまたホテルを変えたのが10日前。
ホテルから大学へ行く途中の繁華街でヤクザ屋さんの車と接触し、
頭の悪そうな連中の言い掛かりにウンザリしてワタリに命じさっさと車を出させたら、
何処でどう突き止めたかホテルにまで押しかけられ、さんざん嫌がらせを受け、
お願いですから出て行ってください、
とホテルのマネージャーに懇願されホテルを変えたのが1週間前。
何故かレストラン同様首都圏のホテル組合のブラックリストにも要チェックが入ったようで、
どんなに金を積んでも一流ホテルからは悉く宿泊を断られ、
漸く取れたホテルはランクが二つも下だった。

「ビジネスホテルでないだけ良かったと思わなければ」

ワタリ、慰めになってませんから。ホテルの食事(勿論スィーツ)が不味くて口に合いません。
それにベッドも椅子も硬くて寝にくいです。
狭いホテルの部屋に機材を詰め込んだお陰で、実は自分が軽く閉所恐怖症だったと知ったL。
元から多くの睡眠を必要としないものの流石に1週間の不眠は堪える。
食欲も減退し、あんなに好きだったスィーツの1日の消費量が4分の3にまで落ちた。
当然、捜査などちっとも進まない。

「これもキラの策略ですね」
「キラの策略というより、やはり月君に掛かっている呪いが竜崎にも‥‥」
「呪いなんてある訳ないでしょ」

松田への八つ当たりもいまいち冴えない。いじめられっ子の松田にとっては幸運な日々だ。

「今日も行くんですか?大学」
「行きますよ。私と月君の貴重なキャンパスライフです。満喫しなくてどうするんですか」
「でも、大学は4年もあるから焦らなくても‥‥」
「4年?何を言ってるんですか。私達、夏前には結婚しますから。ジューンブライド狙ってます」
「えぇっ?」
「その後は、少し勿体無いですが月君には大学を辞めてもらって、奥さん業に専念してもらいます」
「はぁぁぁっ!?」
「奥さん兼、探偵Lのパートナーですね。はぁ‥‥ステキです。私達、最高のカップルです」

うっとりと妄想に浸るLの真後ろに、何やら不穏な影が聳え立っているのに本人は気付かない。

「ハネムーンは‥‥私、余り一所に留まりませんから、一年中ハネムーンみたいなものですか。
 さて、一番初めは何処へ行きましょう」

いつもの倍の幅と濃さの隈が出来た顔でニヤケ倒すLははっきり言って不気味だ。

「竜崎‥‥その未来設計は月も承知なのかね?」

そんなLに背後の影がドスの利いた声を掛ける。

「あ、お義父さん。いえ、まだ話はしてません。が、私に惚れている月君が嫌だと言うはずがありま‥‥」
「息子の夢は、小さい時から私のような警察官になる事だ。
 間違ってもカエルの奥さんになる事じゃない」
「やだなぁ、お義父さんまで私をカエル呼ばわりですか?出来れば月君にだけ呼ばれ‥‥」
「私の事を、お義父さんと呼ぶな~~~~~!!!!!」

グハァッ‥‥!月君の風神拳はお父様譲りですか。平八と一矢ですね。
すると月君にはデビル因子が。
だからあんな真っ黒な微笑が出来るんですね‥‥
大学卒業後キャリア組みのトップで入庁した息子と(お義父さん、何気に息子自慢ですか)
警察庁の父子鷹になるのが夢だった夜神総一郎に強烈なアッパーを喰らったLは、
ちょうど虫歯だった歯が衝撃で抜け落ちちょっぴり得した気分になった。
しかし、血は出るわ歯茎は腫れるわで、その顔はどう見ても可愛い青カエルというより牛蛙。

「呪いなんて信じません」

そうして冒頭の場面に至る訳である。

「竜崎、その顔で大学に行くんですか?」
「行きます。勿論です。私が行かなかったら月君に悪い虫が集ってしまいます。
 月君には私という理想の恋人が出来たというのに、奴らちっとも懲りなくて、困りました」
「あ、何でしたら僕が虫除けに‥‥」
「お前もその虫だっつ~とろう~が~!」

(L、最近富みに柄が悪くおなりに。これも役立たずの松田のせいでしょうか‥‥)

Lを大学に送る道々今後の松田の処遇をどのようにすべきか思案するワタリは、
現時点では内緒だが有名な発明家である。
松田が発明品の被検体にされる日も近いかもしれない。
しかし!大学構内に一歩Lが踏み入ったとたん、

「キャ~~~!妖怪よ~~~~!」
「おい、誰だ?理学部の実験室から解剖中のカエルを持ち出したのは!」
「け、警察に連絡を!いや、保健所に連絡を!」
「殺菌だ!消毒だ!大学構内を直ぐに隔離しろ!!」

などという悲鳴があちこちから上がり、気が付くと広いキャンパス内にL一人がポツリと佇んでいた。

「失敬な。私をいったい誰だと思っているのですか」

月君以外に妖怪だとかカエルだとか言われたくありません。

「さて、月君は何処でしょう。今日のこの時間は確か経済学の講義のはず」

人っ子一人居なくなって逆に気が楽になったLは猫背スキップで月が居るはずの教室を目指す。
その途中、

「りゅ、流河?」
「月君!お会いしたか‥‥って、何奴!?」

愛する月の姿を見つけ勇んで駆け寄って見れば、
見知らぬ男が月の細腕をガッシリ掴み何処かへ攫おうとしている所だった。

「貴様ぁ!誘拐の現行犯で逮捕する~~~!!」
「わぁぁーっ!流河、やめ~~~!」

得意のカエル飛びで一気に距離を詰めるや、問答無用で男に蹴りを入れるL。

「あ、危ねぇ~」
「む?やりますね、この男。私の蹴りをかわすとは」
「そりゃまぁ、長年お前みたいに月狙いで襲い掛かって来る奴が後を絶たなかったからな」
「ななな、何とぉ!!」

だが、男は月の手を離してLの蹴りから逃げると、素早く月の背後に隠れてしまった。
隠れただけでなく問題発言までかましてくれた。

「そこの眼鏡!私の月君から離れなさい!」
「うわぁ~、粧裕ちゃんの言うとおり、今までにないタイプだ。
 お前、マジでこいつと付き合ってんのか?月」
「な、何と馴れ馴れしい!私の月君を呼び捨てにするとは!!」
「よくその顔で月に告白する気になったよな。感心するね」
「よ、余計なお世話です!」
「い、いや、人間顔じゃないから、山元」
「そそそ、そうですよね!人間、顔じゃありませんよね!」
「でもお前、月の顔に惚れたんだろ?」
「はい!」
「うわっ、正直者!」
「クッ‥‥そんな事より、貴様、何者だ!?」
「俺?俺は山元、月の高校時代の同級生だ」
「同級生?」

そういえばそんな名が夜神月の身辺調査書にあったような‥‥

「その、ただの元同級生が私の月君に何の用ですか!?」
「大事な元同級生を妖怪から守ろうと思って」
「貴様に妖怪呼ばわりされる筋合いはな~い!」
「流河‥‥バカ」
「あ、自分が妖怪って自覚あるんだ」

無礼千万、失礼極まりない男に日頃の冷静さを欠くL。

「という事で、さっさと避難しようぜ、月。それでもってこの前言ったコンパ、出てくれよな」
「結局それが狙いかぁ!!」
「ちょ、ちょっと待てって、流河!」

自分を無視して月を連れ去ろうとする山元に再び攻撃を仕掛けようとしたLを月が必死に止めた。

「お前、自分の恰好を見てみろ!」
「は?何を言ってるんですか、月君?私の恰好が何か?」
「うわっ、こいつ気付いてないよ」

ついでに言うなら、三人の様子を遠巻きに見ている大学職員にもLは気付いていない。

「お前、どうして周りに人がいないか判ってるのか?」
「皆さん、授業に出ているからじゃないんですか?」
「みんな避難したんだよ」
「避難?東京名物、地震でも起きましたか?」

起きてない、起きてない。しかも名物でも何でもないから。

「お前の恰好を見て、殺人事件でも起きたかエボラ出血熱でも発生したかと、
  みんな逃げ出したんだよ!」

なまじ頭がいいと、ろくな事を考えないものらしい。

「何ですか?それ」
「だから、自分の恰好を見てみろっての!」

月にそこまで言われ、首を捻りつつ自分の胸元に視線を落としたLは、
何故か白いはずのシャツが真っ赤に染まっている事実に大きな目を更に大きく見開いた。

「これ、何でしょう。赤いんですけど。しかも、鉄臭い匂いがします」

とりあえず両手を広げてみるが、どうやら赤いのは胸元だけのようだ。

「血、に見えなくもないですが‥‥」
「いや、どう見ても血だろ、それ。しかも、お前の口からダラダラ出てるし」
「口?」

山元の言葉にLは自分の口許に手をやった。

「あぁ、確かに血、ですね」
「流河、お前何か悪いものでも食べたのか?それとも胃でも悪くした?」
「いいえ」
「でも、それ‥‥喀血だろ?」
「違うと思いますが。ピロリ菌は3年前に無事除菌できましたし」
「だったらどうして血ィを吐いてんだ?」
「はてェ?」
「やっぱ、エボラ出血熱?それとも、マールブルグ熱?」

そこでふと思い出す。

「そういえば‥‥」
「何?流河」
「そこはかとな~く、歯茎が痛いです」
「歯?」
「それって‥‥」

月と山元が微妙に嫌そうな顔をするのを目にしながら、
Lは急にズキズキ痛み出した歯に、思わず両手を顎に当てた。

「私、昨夜、虫歯が一本抜けました。というか、折れました」
「折れた!?」

痛そう‥‥と明から様に顔を顰める山元。

「私、歯医者は大っ嫌いなので、とりあえず薬で血止めを。それと痛み止めの薬を飲みました‥‥」
「りゅ、流河‥‥大丈夫か?」
「どうしましょう、月君。ものすご~く痛くなって来ました」
「流河!お前それ、薬が切れたんだよ!血、全然止まってないじゃないか!」
「血?血?‥‥私の‥‥血?」
「わぁぁ~!流河ぁ!」

行き成り白目を剥いてひっくり返ったLに月が大慌てで駆け寄る。
どうやら世界の切り札は、他人様の血は平気でも自分の血は苦手だったようだ。

「ワハハ、実にユニークな奴だ。マジで今まで月の周りには居なかったタイプだな」

そこに惚れたか?月。
バカなこと言ってないで救急車呼んでくれ、山元!
その後三日間、大学が消毒のため閉鎖になったのは、ちょっとした勘違いの産物である。
決して未必の故意ではない。

 

※「父子鷹」は子母沢寛原作の時代劇。勝麟太郎とその父の物語。


 

その四


「ううう‥‥月君が今日も来てくれません」

自分のとんでもない失態で要らぬ騒ぎを起こしたLは、
それでも人並みに恥と外聞があったのか、もう恥ずかしくて大学に行けません~~!
と涙ながらに訴え、月に毎日捜査本部に来てくれるよう頼んだのは今から三日前の事だ。
しかし、4日目にして早くも月の捜査本部詣では途絶えてしまった。

『ゴメン、竜崎。どうしても断れないコンパがあって‥‥』
「あの男ですね、山元とか言う月君の元同級生。他の大学のくせに月君をコンパに誘うなんて」
「月君、もてそうですからねぇ。月君が参加するとなると、女の子の質もきっと上がますよ」
「松田ァ!ちょっと北海道まで一っ走り、白い恋人を100パック買ってこ~い!
 飛行機は許さ~ん!ローカル電車の旅で行け~~~!!勿論、自腹でだ~!」
「ひぇぇぇ‥‥!そんな、無体な~~~!」
「後日領収書を提出くだされば全額こちらで負担いたします」

ワタリの生暖かい見送りの言葉に、前金で欲しいです~!と叫びながら捜査本部を出て行く松田。
哀れな同僚の姿に明日は我が身と気を引き締める刑事達。
決してLの機嫌を損ねるような事は口にすまいと、硬く胸に誓う。

「L、実はお話したいことがございます」

そのためにもなるべくLに近付かないようにしていた彼らを尻目にワタリがLにそっと耳打ちした。

「判りました。では、私の部屋へ」
「では、これを」

ホテルのランクが下がったせいで、せいぜい2部屋続きのルームしか取れなくなったLは、
やむなく移動する時は顔を隠して廊下に出るようにしている。
いわば変装だが、ワタリが恭しく差し出す代物を目にするたび、
日本の刑事達は込み上げる笑いを堪えなければならない、という責め苦を負わされた。

「では、行きますよ。ワタリ」
「はい、L」

キュッと捻った布の一端を鼻の下で縛ったLが徐に立ち上がり猫背のまま素早く移動する。
しかも、裸足のせいか足音を立てずに。
その姿はまるで‥‥‥
Lが被っている布は夜神総一郎が家から持って来た代物だ。
半分嫌がらせのつもりだったが、意外にもLは目を輝かせて喜び、
もう一枚同じ柄の物をワタリに買い求めさせたりした。

「Oh!Japanese samura~i!beautiful!!」

これぞ正しく日本古来の伝統の柄!と大いに気に入ったLは何か勘違いしているに違いない。
しかも、夜神総一郎直々にその布で顔を隠す日本古来の作法を伝授してもらうや、
何かあるたびにそれをして鏡の前で刀を振り回す真似をしている。
たぶん、忍者ルックと間違えているのだ。
しかし、若い松田はまだしも他の刑事達には、Lのその姿は侍にも忍者にも見えない。
恐らく博学の月も自分達と同じ見解に達するだろう、と彼らは確信している。
そして、その時の月の発言次第ではLは灰と化すかもしれない。
言った方がいいのだろうか。こっそり教えた方がいいのだろうか‥‥
だが、何処となくニコニコしている夜神局長の手前それも出来ない。
局長は期待しているのだ。Lのその姿を見た息子がLに幻滅するのを。
あぁぁぁ‥‥!その時が怖い!Lが灰になるならまだしも、八つ当たりされたらと思うと‥‥!
いじめられっ子は松田一人で十分だ!

「ハハハハッ!!何時でも来ていいぞ~~!月~~~~!」

夜神局長まで笑い顔が黒いです。

「で、ワタリ。話というのは何ですか?」

そんな日本の刑事達を他所に、頬っ被りした唐草模様の風呂敷を解いたLとワタリが、
プライベート用に取ったルームで面と向かって顔をつき合わす。

「実は色々気になる事がありまして、少々調べ物をいたしました」
「調査か?で?いったい何の?」

手詰まり感の拭えないキラ捜査において、漸く訪れる緊張感。

「はい。偽名を使っているにも関わらずレストランの予約が取れないのはおかしいと思いまして」

嫌な思い出がLの脳裏にまざまざと甦る。

「しかも、ホテルの宿泊まで断られるのを偶然と片付けるには余りにも」
「!もしや‥‥」
「はい。私、そこには何か陰謀が隠されているのではないかと考えました」
「それはつまり‥‥」
「月様の呪いというのも、実は悪意ある誰かの陰謀」
「ワタリ!」
「調査の結果、例のレストランの従業員の中に一人、
  月様に関係する人間がいることを突き止めました」
「おぉ!そ、それは誰ですか!?」
「コック見習いの横井という男です」
「何者です!?」
「月様の中学時代の同級生です」
「同級生!」

またしても同級生!その事実にLの暫く使っていなかった灰色の脳細胞が動き出す。

「まさか、他にも‥‥」
「ホテルでのエレベーター事故、覚えていらっしゃいますか」
「わ、忘れやしません。あれで私は無理矢理!猫背を強制されてしまいました」

半日で元に戻りましたが。

「あのホテルの従業員にも一人月様の関係者が」
「何と!」
「フロント係の一人が月様の高校時代の先輩でした」
「今度は先輩ですか」
「それから、因縁をつけて来たヤクザの組長の息子は月様の小学生時代からの幼馴染です」
「うおっ!幼馴染!憧れのシチュエーション!」
「ついでに山葵クリームケーキを出した喫茶店のパティシエはテニスが趣味で、
 その昔月様が通っていたテニススクールで一緒に練習した仲です」
「趣味が一緒!すると、月君の生足をバッチリ目撃した破廉恥漢ですね!」

いや、あんたも目撃してますから。

「とにかくこうなると何れの不幸にも、月様に関わる誰かが絡んでいたと見るべきでしょう」
「私も同意見です!ワタリ!」
「しかも、その連中は個々に単独犯として動いているのではなく、
 全員が共犯関係にあると見て間違いないと思われます」
「えぇ。そうでなければ、飲食店組合もホテル組合も動かせませんからね。
 私の姿を見ていなくとも、松田達の手配書が回っていれば私の宿泊先は自ずと判明します。
 リムジンを使ったのも失敗でした。この狭い東京にリムジンは目立ちすぎます。
 私の居場所を宣伝して回っているようなものです」

お見事です、と褒め称えるワタリを他所に指の爪をガシガシ齧るL。

「まさか、キラが自分の知り合いを使って私を殺しにかかるとは考えてもいませんでした。
 しかも、呪いなどと言う非科学的な方法をとるなどと‥‥」
「いえ、L。これは月様のご指示ではありません。全て月様の与り知らぬ事のようです」
「は?」
「ですから、月様の仰った事は全て事実なのです。貴方の前に月様に告白し付き合った男は、
 ことごとく不幸な目に合い月様とのお付き合いを断念しているのです」

パチパチと大きな目をしばたき、Lはワタリの皺深い顔をじっと見つめた。

「それは、つまり‥‥」
「嫌がらせです」
「嫌がらせ?」
「さようです。嫉妬深い男達によるものすご~く大掛かりな嫌がらせです。
 月様には知られず密かに行われる、いわば悪い虫駆除
「駆除」
「L、今は貴方がその悪い虫として駆除されかかっているのです」

ガ~~~ン!という何かが派手に壊れるような音がLの頭の中で鳴り響いた。
虫呼ばわりされ、あまつさえ駆除とまで言われ、何かモヤモヤした思いが沸々と湧き上がる。

「ワタリ‥‥」
「はい」
「単独犯ではない、と言いましたね」
「はい」
「すると、誰か連絡係がいるはずです」
「はい。それも調べは付いております」
「フフフ‥‥フフ」

その様子を日本の刑事達が目にしたら、Lが壊れたと思っただろう。
無表情のまま不気味な笑い声を上げる姿ははっきり言って妖怪以外の何者でもない。
「ハハハハ‥‥!!この私の恋路を邪魔しようなどと、片腹痛い!目にもの見せてくれます!
 ワタリ!!出動です!!!」


※え~と、この話、戦隊ものでしたっけ。
まぁ、いいか。次ぎ行きましょう、次。


 

その五


ワタリの手配で確保したのはどこぞの倉庫。
そこに呼び出した男が姿を現すやいなや、
Lは日頃の無表情をかなぐり捨て悪鬼のごとき形相を露にした。

「よく来ましたね。てっきり逃げ出すかと思ってましたが」
「逃げる理由なんて俺にはないからな」
「いい度胸です」

だが、相手はケロリとして全く動じる気配がない。

「人畜無害な顔して恐ろしい男です。全ては貴方の仕業だったのですね」
「俺?俺は何もしてないぞ」
「とぼけても無駄です。
 貴方が指図して私と月君の甘いキャンパスライフを邪魔した事は判っています」
「指図って、大げさな。俺はただ皆に連絡しただけだぜ。月に新しい男の恋人が出来たって」

新しい男の恋人というフレーズに喜びつつもムッとするL。

「み、皆とは、いったい‥‥」
「ん~、そうだなぁ、関東だけで、ざっと300人はいるかな」
「300‥‥!」

予想を遙かに上回る数にカッと目を剥くL。

「全員‥‥男、ですか?」
「当たり前だろ。女の作ったファンクラブに入れないから作ったんだし」
「作った?何を?」
「まぁ、ファンクラブだな、夜神月の」

これまた予想を上回る展開にあんぐりと口を開けるL。

「その名も、関東お月見会
 この場合のは、当然の事ながら空のじゃなくて、ライトの事だから」
「グクゥ‥‥判っています。しかし、まさか、そこまで組織的だったとは‥‥」
「いや、そんな大それたものじゃないって。
 会費は無料だし、会員制のサイトで月の素晴らしさについて語り合うだけの可愛らしい会だから。
 特典は時たま名誉会長の俺が、月のレア写真を本人の承諾付きで載せるぐらいかな?」
「レレレ、レア写真!?」
「ヌードや下着姿は一切ダメだが、上半身裸とか、生足はOKだ。
 着替え中や寝顔もバッチリあるぞ」
「そ、そそそそ、そんな物、どうやって本人の承諾を‥‥!?」
「ん?友達に見せていいか?でちゃんとOK取れたぜ。俺、月に信頼されてるからな」
「ししし、信頼‥‥‥」

痛い、痛すぎる。信頼ほどLと月の間柄で縁遠いものはないのだから。
ま、負けません!私!!

「と、友達と言っても、不特定多数の、顔も知らないような奴なんじゃないですか?」

ぐっと拳を握り締め、相手を睨むL。
心なしか涙目なのは、本人には黙っておこう。

「誤解するなよな。うちはいたって健全な会だから。
 ほとんどは月の学友とか幼馴染とかで占めてる。
 まぁ、中にはテニスを通じて知り合った奴とか、塾関係とか、
 ご近所のおっさんやお爺ちゃんとか、警察庁のお偉いさんもいるけどな。
 月と顔見知りってのが、うちの会の入会条件だから」

警察庁のお偉いさんって‥‥それ、お義父さんの同僚ですよね。ご存知なんですか?
ハハハ、親父さんには内緒に決まってるだろ。
ですよね。知ってたら、即!潰しに掛かりますよね。

「ま、まさかとは思いますが、私が赤信号に引っかかって何度も遅刻したのは‥‥」
「交通局の会員が信号機を操作した」
「やっぱり‥‥」
「ついでに言うと、メッセンジャーボーイにも会員がいる」
「メッセンジャーボーイって、あの自転車で宅配便を配る奴ですか?」
「都内を縦横無尽に駆け回り、お前の尾行もバッチリさ!」

グハッ!盲点でした!まさか、そんな所にまで敵の手が回っていようとは!

「関東圏のホテル、飲食店はもとより、警察もヤクザも直ぐにでも動かせるぞ。
 やろうと思えば学校も病院だって思いのままだ。都庁にだって会員はいるしな」

ただし、月がらみで。
世界の名探偵も真っ青な事実にLはガクリと膝を付いた。
これで国会にまで会員がいると言われたらどうしよう、と流石のLも不安になる。
当然の事ながらLは不法入国者である。ちょっとやそっとの事でばれる心配はないが。

「や、やりますね、貴方‥‥流石は月君の元同級生です」
「ハハハ、誉めたって何にも出ないぞ」

誉めてません。
爽やかな笑顔の中に月と同じ腹黒さを感じつつ、Lは目の前の男、山元を睨み上げた。

「それにしてもよく判ったな。俺達の存在に気付いたのはお前が初めてだ」
「勘は良い方なので」
「その辺りが、月の気を引いた要因かもな。あいつ、はしこい奴が好みだから」
「あ、ありがとうございます」
「ただ、物珍しいだけかもしんないけど」

クッ‥‥そのチクリと厭味を忘れない辺りは、流石は月君の同級生ですね。

「そ、それで‥‥私でいったい何人目ですか?月君との仲を引き裂いたのは」
「え?それ聞くのか?ショック受けても知らないぞ」
「ウッ‥‥ッ、き、聞きます。聞きたいです」
「そう言われてもなぁ、数が多すぎて判んないんだよな。10人目までは覚えてるんだけど‥‥
 会が出来て今年で4年目。月に一人は駆除してたから、たぶん、40人近いんじゃないか?」
「ウウウ‥‥予想はしてましたが、まさかそんなに‥‥」
「あ、その間、月は女の子とも付き合ってたんだよな。
 月が付き合った人間の数だけ考えたら、その倍だと思っていいぞ」
「何ですか、それ!?それじゃぁ何処ぞのナンパ男じゃないですか!」
「違う違う。向こうが勝手に言い寄って来るだけだって。
 月は意外に押しに弱いから、断り切れない事もあるの」
「ウッ‥‥それは否定できません」

それに関してはかなり身に覚えのあるLだった。

「なにせ相手は月だからなぁ。一度はまると抜け出せないんだよなぁ」
「あぁ‥‥判ります、それ」

屈辱も忘れニヘラと笑うL。山元も何かを思い出しホンワカ笑っている。

「顔良し、頭良し、スタイル良し(スタイルって何だ!?スタイルって!)。
 ついでにって言うかこれが一番なんだが、性格良し、の人間なんてそうそういないからなぁ」
「はぁ‥‥性格良しの所で多少引っかかりはありますが、
 普通に接する分には、月君、人当たりがいいですからねぇ」
「だろ?明るいし素直だし正直だし、人の嫌がる事はしないし。一緒にいると癒される~みたいな。
 しかも世話好きだし、家事万能だし。親が忙しくて遠足の弁当はコンビに弁当だって言ったら、
 自分の分と一緒に二人分作って来てくれて。今時女の子でも、そんな出来た子いないぞぉ。
 男ならもう惚れるっきゃないだろ」
「月君の、手作り弁当‥‥」
「タコさんウィンナーと甘い出汁巻き卵は外せないよな」
「月君の手作りシュークリームも美味しかったです。スワン型で見た目も可愛かった」

二人の男の頬がだらしなく弛み鼻の下がビヨ~ンと伸びる。

「高一の学園祭でコスプレ喫茶した時なんか最高だったな。
 今でも目に焼きついてるよ、月のメイド姿」
「ななな、何ですと~~~!?」
「月が『いらっしゃいませ~』と愛想を振り撒くたび、一番高いケーキセットが飛ぶように売れて、
 その後の撮影会整理券もプレミアが付くほど売れまくったっけ」
「さ、撮影会‥‥」
「生徒会資金を稼ぐためだと言ったら、猫耳まで付けてくれたしな」

ブハッ!と、興奮したLが遂に鼻血を吹く。

「そ、そそ、そ、その時の写真‥‥」
「あぁ、サイトに載ってる。他にも未公開写真が一杯あるぞ。1枚1万!値切りは絶対なしな」

く、黒い!黒すぎるぞ、山元!!

「一見尽くすタイプながら、時折チラリと見せる我儘女王様振りが堪らない!って奴もいるから、
 実は隠しでボンテージ月の写真もあったりして」

ブホッ!!グッジョブです、山元君!!!お友達になりましょう!!!!!

「そっちは1枚3万」
「買ったぁ!!」

『L、当初の目的と非常にずれて来ておりますが‥‥
 あ、もう私の言葉はお耳に入ってないようですね』

Lの耳の後ろに付けられた小型マイクからそんなワタリの通信が聞こえていたが、
勿論!全く!Lの耳には届いていなかった。
次の日、山元によって月が流河という男と別れた、という情報がサイトにアップされ、
Lに対する嫌がらせはピタリと止んだ。
取り敢えずお付き合いは一時中断し、キラ事件が解決するまではお友達のままでいましょう。
とLから言われた月は、『振られた!』ショックをいつも通り山元相手に晴らした。
そう、こうして月の恋愛事情は全て山元に筒抜けとなっていたのだ。
それだけ月に信頼されているというか、恋愛対象として見られてないというか、
それでも月とべったりスキンシップ(チュウもほっぺたまでならOK)出来る関係は捨て難く、
美味しい副収入もあることから、山元は月の親友という立場にとても満足していた。
告白するには余りに月の出来が良過ぎたというのもある。
そして新世界の神には、意外にお人好しで人を疑う事を知らない純粋な一面もあるらしいと判明。
らしいが、やっぱり神は神。お友達に戻っても、L陥落の手を緩める事はなかった。

「はい、竜崎。あ~ん」
「あ~ん」

甘いキャンパスライフは無理でもホテルでならラブラブは平気とばかりに、
蕩けるような笑顔付きでLに手作りケーキを食べさせる月。
LもLで無表情ながらニヤケきった顔で(どんな顔だよ)それを食べる、
という毎日が繰り返されるのだった。

 

『関東お月見会――― Lが迷う事無くその会に参加したのは言うまでもないだろう。
後に、海外支部として『ワイミーズお月見会』なるものも発足するのだが、
それはまた別の話という事で。
しかし、それより何よりLにとって問題なのは、
成り行きから夜神月を拉致(拉致ではありません、合意です)監禁した事が、
関東お月見会にばれた時の事だ。
正義感や倫理観より恋に狂った人間の方が手に負えないのは人類普遍の法則。
いつ何時『夜神月救助隊』が結成されても可笑しくないのだ。
その連中がホテルに乗り込んで来た時の事を考えると、かな~り怖いものがある。
その後、なんとかLビルが完成し、夜神月をそこへ無事隠せたのはL最大のラッキーだったろう。
それで運を使い果たし、キラに負けた、
かどうかは想像の域を出ない‥‥‥

 

余談だが、Lの予想通り消息不明になった夜神月を躍起になって探し回った関東お月見会が、
流河こと、Lの潜伏先を突き止め、夜神月救助隊を結成しホテルに乗り込んだのは、
キラ捜索本部がLビルに引っ越した僅か一時間後の事だった。

 

※おバカですみません。
 

 

 

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